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西日本特別諜報班 NST 影の特命  作者: スパイク


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212/242

暴れる流れ、最後に決める一打 ― 灘クラッシュ・ライン

神戸市灘区。

海と山にはさまれたこの街には、独特の匂いがある。潮の気配に混じる、蒸した米と麹の香り。言うまでもなく、日本酒の街だ。酒蔵が並び、朝になれば仕込みの空気が動き出す。観光客には風情のある町に見える。だが、その整った流れの中には、外から見えにくい動線も多い。蔵、倉庫、搬出路、生活道路。灘は静かに物が動く街だった。


黒鷹はそこを使っていた。


酒樽、瓶箱、出荷用の木箱。

どれも“あって当然”のものばかりだ。その流れに違法物資を紛れ込ませ、小刻みに移し替える。派手さはない。だが、一度流れに乗れば見分けはつかない。静かな酒造りの街に、静かな犯罪を走らせる。嫌なやり口だった。


「今回は、あかりや」


玲奈の声が落ちた。


「え、ウチですか?」


「そうや。走れる、飛べる、勘もある。問題は頭だけやけどな」


彩香が横から切り捨てる。


「ひどないですか!?」


だが、それも事実だった。

山本あかりには、異様な身体能力がある。反応、加速、瞬発、切り返し、無茶な姿勢からでも立て直すバランス。粗削りだが、持っているものは大きい。ファイブツールプレーヤー。トリプルスリーを達成したプレーブスのイケメン外野手の蓑田浩二みたいな女だと、彩香は内心で認めていた。問題は、そういう天賦の才を持った人間にありがちな“余計なことも全部やる”ところだった。


「外すなよ」


彩香が言う。


「今回は酒蔵の搬出路や。見誤ったら全部抜かれる」


「分かってますって」


その“分かってます”が信用ならないのも、いつも通りだった。


灘の酒蔵通りは、朝から空気が張っている。

仕込みの時間、人の動き、搬出の時間帯。どれも規則正しい。美咲が路地裏へ回り、麻衣が見学客の流れを整え、双子が受け渡しの継ぎ目を探る。美音は搬出タイミングを読み、あおいが上からルートのズレを拾う。


その中を、あかりは動いた。


(あれやな)


最初の見立ては悪くなかった。

視線は速い。足も出る。箱の持ち方の癖、台車の止め方の違和感、そういう小さなズレを拾う感覚は確かにある。


だが――


「こんにちはー!今日は“灘の酒造り”をお届けしまーす!」


嫌な声が、最悪のタイミングで入ってきた。


三好さつき。

神戸放送の情報番組レポーター。長い黒髪、上品な立ち居振る舞い。灘の町並みによく似合う。似合いすぎて、余計に邪魔だった。


そして、さつきは迷いなくあかりを見つけた。


「あかりちゃーん!」


「うわっ」


「あれ、何してるん?」


カメラが寄る。

マイクが向く。


普通なら逃げるところだ。

だが、あかりは気のいい女だった。


「いやぁ、ちょっと見学みたいな感じで」


「そうなんや! 灘のお酒ってどう?」


「ウチのパパ、日本酒大好きなんですよね〜」


――始まった。


「毎晩晩酌してますよ。なんか“今日は辛口や”とかよう分からんこと言うてますけど、めっちゃ嬉しそうなんですわ」


「へぇ〜、いいですねえ」


「うちのママは“飲みすぎ”って怒ってますけど、パパ全然やめへんのですよ」


完全に取材モードだった。

気持ちよく喋っている。

そして時間だけが失われていく。


彩香がインカムの向こうで呟く。


「……あのアホ……」


声が低い。

かなり危ない。


「今すぐ黙らせたい」


「待て」


玲奈が止める。


だがその間にも、黒鷹のラインは半拍、ズレて動く。


(まずい)


誰もがそう思った。


その時だった。


さつきのカメラが少し右へ振れた。

そこに映った一つの荷車。見学客の流れに紛れた、不自然に速い動き。


あかりの目が変わる。


「……あれや!」


取材をぶった切って走り出した。


「え、ちょ、あかりちゃん!?」


さつきの声を置き去りにする。


速い。

とにかく速い。


荷車の前に滑り込み、相手の進路を潰す。

そのまま一人を追えばいいのに、途中で急に壁を蹴って高く跳ぶ。二段の階段をまとめて越え、横道へ逃げたもう一人の影を視界に入れる。


「なんやそれ……」


あおいが上から呟く。


「人間か?」


あかりは止まらない。


一人目の荷車を足で払って転倒させ、二人目の肩口へ回り込んで進路を切る。三人目が裏手から抜けようとすると、反射で振り向き、そのまま積まれた酒箱の脇をすり抜けて追いつく。身体能力だけで場面をひっくり返していた。


「今や!」


彩香が叫ぶ。


双子が閉じる。

美咲が影から締める。

麻衣が見学客の流れを自然に逸らす。


一気に収束した。


取材で空いた数分。

その損失を、あかりは身体能力だけで強引に取り返した。


息を切らしながらも、本人は妙に晴れやかだった。


「いやー、危なかったですね!」


「お前が言うな」


彩香の声が飛ぶ。


だが、そこで少しだけ間を置いた。


「……でも、今のはようやった」


珍しい言い方だった。


あかりがぱっと顔を上げる。


「ほんまですか!?」


「壁蹴ったとこはアホやと思たけど、結果オーライや」


「やっぱりウチ、やればできる子なんですよ!」


「調子乗るな」


そう言いながらも、彩香は完全には否定しなかった。

蓑田浩二みたいな女だと、改めて思う。何をやるか分からない。危うい。だが、ああいう一瞬の試合を変える力は本物だ。


しかも、顔だけはやけに整っている。

そこもまた、妙に腹が立つ。


任務後。


酒蔵通りの外れで、さつきがまだ感心していた。


「あかりちゃん、あんな動けるんや……」


「いやー、まあ、ちょっとだけ」


照れたように笑う。


その瞬間だった。


足元に置いてあった酒蔵見学のパンフレット立てに、自分の踵を引っかけた。


「うわっ」


がしゃん、と派手な音を立てて倒す。


全員が止まる。


彩香が額を押さえた。


「お前って……」


もうそれ以上、言葉が続かなかった。


せっかく褒めた直後にこれだ。

最後まで締まらない。

やっぱりあかりは、あかりだった。


その光景を見ていた玲奈の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


誰も指摘しない。

だが彩香だけは、その変化を見ていた。


(……まあ、ええか)


灘の風は、酒の匂いを乗せて流れていく。

街はいつも通り、静かに物を動かし続ける。


その裏で、今日も一つのラインが断たれていた。


山本あかり。

粗くて、危なっかしくて、頭は少し足りない。

だが、流れをぶち壊し、最後に決める一打を持っている。

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