芝の上の熱狂、影の中の監視 ― グリーンフィールド・サイドライン
神戸の山際に抱かれたその球場は、余計な装飾を持たない。
ただ、天然芝だけが誇りのように広がっている。均一に刈り込まれた緑は、観客席から見下ろすと一枚の布のように滑らかで、野球という競技をまっすぐに映す鏡だった。
その日、スタンドは若い声で満ちていた。
「いけぇぇぇ!!もう一本や!!」
応援席の最前列。
赤嶺美月は、全力で跳ねていた。
明るいハーフツインテールが大きく揺れる。
だが、その動きはただの“元気”ではない。軸がある。リズムがある。隊列の動きを外さない。チアリーディングサークルで鍛えられた身体は、応援を“演技”ではなく“技術”として成立させていた。
「声出せぇぇ!!ここやぞ!!」
観客席に向けてではない。
グラウンドに向けて、一直線。
彼女の中で、応援は“届けるもの”だった。
選手に。
試合に。
空気そのものに。
(ここで流れ変えるんや)
その一念だけで、動く。
周囲の観客も、つられて声を上げる。
波が広がる。
それが、美月の本気だった。
その裏側。
NSTは静かに配置についていた。
「搬入ルートは三本。人流と被る」
澄香の報告。
「予定通り分断する」
玲奈の声は平坦だった。
だが、その視線はスタンドへ向いている。
「問題は一つだけやな」
彩香が呟く。
「……ああ」
そこには、全力で応援する美月。
「一番読まれへん」
対策は打ってある。
「澪香」
「うん」
「最優先任務は監視だ」
一拍。
「対象:赤嶺美月」
澪香はわずかに肩を落とした。
応援席。
「――あれ?」
美月が振り向く。
「澄香来てくれてたんやん!!」
「……違う」
即答。
「ほな一緒にやろや!!魂込めるで!!」
腕を掴まれる。
(巻き込まれた)
だが、振りほどけない。
美月の応援は本気だ。
リズムを外さず、声を張り続ける。観客の動きまで引っ張る。
(これ、下手に外れると浮くな)
澪香は渋々合わせる。
試合が動く。
同時に、人の流れも動く。
「搬入開始」
玲奈の指示。
「了解」
静かに、任務も始まる。
「ちょっとトイレ行ってくるわ!」
美月が急に動く。
澪香も即座に立つ。
「ついてくるん?」
「うん」
当然のように。
通路。
「この球場さぁ」
美月が話し出す。
「芝めっちゃ綺麗やのにさ、トイレまだ和式ってどないなってんやろ」
澪香は無言。
「澄香もおかしい思うやろ?」
「……思わん」
(ほんまどうでもええ)
その瞬間だった。
美月の目が動く。
「……あれ?」
嫌な勘。
(やめろ)
「ちょっと見てくるわ!」
走る。
止まらない。
その先。
「……なんや澪香も来とったのか?」
澄香。
完全に交差。
「なにしてるん?」
「……散歩」
成立しない会話。
インカムの向こうで、彩香が低く唸る。
「……ほんま、ええ加減にしてくれ」
だが玲奈は即断する。
「そのまま続行」
迷いがない。
「美音、B側に音を流せ。人を割る」
「了解」
音が変わる。
観客の意識が一瞬だけズレる。
「今」
澄香が動く。
澪香が美月の視線を切る。
「ほら、応援戻るで」
「あ、せやな!」
意識が戻る。
その間に。
ターゲット確保。
搬送遮断。
任務完了。
再び応援席。
「ここやぁぁぁ!!押し切れぇぇ!!」
美月はまた全力で跳ねている。
声は途切れない。
動きも落ちない。
試合の流れに合わせて、応援の強度を変える。
一瞬の間も抜かない。
(この子、ほんまに本気やな)
澪香は小さく息を吐いた。
少し離れた場所。
彩香が腕を組む。
「……あいつ、敵より厄介やな」
玲奈は短く答える。
「制御対象だ」
一拍。
「優先度は高い」
グラウンドでは、白球が弾ける。
歓声が波のように広がる。
その中心に、美月がいる。
本気で、届けようとしている。
芝は変わらず美しい。
試合は続く。
そしてその裏で、誰にも知られない仕事が終わる。
西日本特別諜報班――NST。
彼女たちは影で動く。
だが時に、最も読めない存在は――
光のど真ん中で、全力で応援している。




