潮の匂い、揺れない背中 ― 洲本エアリンク封鎖
淡路島・洲本市。
大阪湾と紀淡海峡に挟まれたこの島の中心都市は、海と観光と物流がゆるやかに交差する場所だ。温暖な気候、海沿いのホテル群、穏やかな港。だがその穏やかさの裏で、人の目を避けるには十分な“余白”がある。海と空――両方を使える地形は、黒鷹にとって理想的だった。
今回のターゲットは“エアリンク”。
ドローンと小型船舶を組み合わせ、島内で一度集約した物資を再分配する輸送網。追跡は困難、遮断はさらに難しい。
「今回は私が前に出る」
岡本玲奈の一言で、配置は変わった。
現場キャップである西川彩香は一歩引く。
その立場に慣れている女ほど、前に出る玲奈の異様さが分かる。
「……了解や」
短く返すが、内心では緊張が走っていた。
作戦は夜に開始された。
潮の匂いが濃い。
風は弱く、音はよく通る。
「上空、二機。海側からもう一系統来る」
若林あおいの声が落ちてくる。
「地上は静か。搬送待機」
迫田澄香。
「接触準備OK」
澪香。
玲奈は一つ頷く。
「予定通りでいく」
それだけ。
無駄がない。
迷いがない。
だが、その均衡は簡単に崩れた。
「こんにちはー!神戸放送です~!」
現場に、明るい声が入り込む。
長い黒髪、上品な立ち姿。
三好さつき。
「今回は淡路島の魅力をお届けしてまして~」
カメラが回る。
そして、迷いなく玲奈の方へ来る。
「玲奈さん、淡路島の見どころを是非教えてください~」
完全にロックオン。
「……」
玲奈は一瞬だけ視線を動かす。
だが、答えない。
その間にも、人の流れが変わる。
「ちょ、あかんやろこれ……」
彩香が小さく舌打ちする。
だが、さらに追い打ち。
「うわあああ!海めっちゃ綺麗やん!!」
別方向から、騒がしい声。
赤嶺美月。
CSの旅番組のロケで、偶然にも別件で来ていた。
「ドローン飛んでるやん!これ撮れる!?」
完全に巻き込む。
現場が崩れる。
ドローンの動線が乱れる。
船の接岸タイミングがズレる。
計画は破綻寸前。
彩香が歯を食いしばる。
(この状況、どうする……)
自分なら、一度引く。
だが、それでは逃げられる。
玲奈は――動かない。
ほんの一瞬、目を閉じた。
そして開く。
「プラン変更」
静かに言う。
全員が反応する。
「美音、観光客導線を南に寄せろ。祭りの音を作れ」
「了解、すぐやる」
「澄香、ドローン制御の同期を崩せ。澪香、船側の接続を一時遮断」
「了解」
「彩香」
名前を呼ぶ。
「海側を押さえろ。今から落ちる」
一切の迷いがない。
音が変わる。
美音の誘導で、人の流れが一方向へ動く。
観光イベントのような錯覚。
ドローンが微妙に軌道をズラす。
澄香がその“ズレ”を広げる。
澪香が接続タイミングを断つ。
「あおい」
「捕捉した。落ちる位置、送る」
座標が入る。
「彩香、今や」
彩香が動く。
迷いは消えている。
海沿いを一気に駆ける。
着地地点を押さえる。
回収。
制圧。
その瞬間、すべてが止まる。
任務完了。
観光客は何も知らない。
「いやー淡路島ええとこやなぁ!」
「ほんまやなぁ!」
美月とさつきは、別の意味で満足していた。
少し離れた防波堤。
潮の匂いが残る。
彩香が玲奈の横に立つ。
しばらく何も言わない。
やがて、ぽつりと。
「……あの状況なら、ウチには無理や」
本音だった。
「全部崩れてた」
玲奈は海を見る。
「崩れてはいない」
静かに言う。
「形が変わっただけだ」
彩香は息を吐く。
「……あれを即座に読めるんが、上か」
玲奈は答えない。
だが、その沈黙が答えだった。
彩香は小さく笑う。
「ほんま、敵わんわ」
そこに、悔しさはない。
ただ、純粋な敬意。
潮の音が静かに響く。
揺れない背中が、そこにある。
岡本玲奈。
その背中を追う者がいる限り、NSTは止まらない。
海と空の交差点で、影は今日も静かに動いていた。




