黒い名簿 ― 神戸シャドウライン 第一章 家出少女
神戸という街は、美しい。
港の夜景。
異国情緒の北野。
元町の石畳。
観光客が見る神戸は、いつも光の街だ。
だがその光の裏には、必ず影がある。
古い倉庫街。
閉鎖された雑居ビル。
港湾の裏通り。
その影の中に、黒鷹の資金源がある――。
西日本特別諜報班、NST。
岡本玲奈が机の上の資料を閉じた。
「今回のターゲットは神戸市内」
静かな声だった。
「黒鷹の資金ルート」
彩香が腕を組む。
「どんな組織ですか」
玲奈は答える。
「若者を囲い込んで、金持ちに紹介するネットワーク」
部屋の空気が一瞬止まる。
そして玲奈が続けた。
「しかも顧客は超大物」
「この金が黒鷹の資金になっとる」
NSTは摘発を決めた。
だが問題がある。
組織は閉鎖的で、外部の人間を簡単には近づけない。
そこで潜入役として選ばれたのが――
白浜麻衣。
和歌山出身の戦隊ヒロイン。
通称、紀州の舞姫。
ダンスが得意で小柄の童顔。
柔らかな顔立ちで、年齢よりずっと幼く見える。
玲奈が言う。
「潜入向きや」
麻衣は拳を握った。
「……やります」
声は震えていた。
麻衣には夢がある。
幼稚園の先生になること。
子どもが好きだからだ。
だからこそ、この任務は許せなかった。
「子どもを利用するなんて」
怒りに震える。
だがその顔は童顔で、怒っていても迫力はない。
彩香が思わず言う。
「怒ってる顔も可愛いやん」
麻衣がむっとする。
「真剣なんです!」
その言葉には確かな気迫があった。
――
数日後。
神戸市内某所。
古い雑居ビルの一室。
麻衣は家出少女を装って潜入していた。
暗い部屋。
カーテンは閉められ、監視カメラが壁に付いている。
同じような境遇の少女が数人いた。
誰も笑っていない。
麻衣は胸の奥が締め付けられる。
(絶対助ける)
その時、組織の男が部屋に入ってくる。
「新人か」
麻衣は俯いて頷く。
「……はい」
男は値踏みするように見る。
「可愛いじゃないか」
麻衣の拳が震える。
怒りだ。
だが抑える。
ここで感情を出したら潜入は終わる。
任務はまだ始まったばかりだ。
――
その夜。
事務室。
麻衣は隙を見てパソコンにアクセスした。
目的は一つ。
顧客リスト。
画面に名前が並ぶ。
麻衣の指が止まった。
政財界の重鎮。
誰もが知る有名俳優。
人気アーティスト。
スポーツ界のスター。
そして――
世界的に有名なメジャーリーガーの名前。
麻衣の背筋が凍る。
(こんな……)
この組織は単なる犯罪集団ではない。
日本の権力層そのものに
食い込んでいる。
その時だった。
ドアが開く。
組織の女が顔を出す。
「新人」
冷たい声。
「客がついた」
麻衣の心臓が跳ねる。
「準備しろ」
逃げ場はない。
連絡も取れない。
神戸の夜のどこかでNSTが動いている。
だがこの瞬間、
白浜麻衣は一人だった。
そして彼女は立ち上がる。
紀州の舞姫は震えていた。
恐怖ではない。
怒りだった。




