白壁の学園 ― 伊丹丘陵潜入篇
大阪と神戸のあいだに挟まれた兵庫県伊丹市。
空港の街として知られるこの町の北側には、住宅地が途切れた先に、なだらかな丘陵地帯が広がっている。雑木林と畑が混じる、どこにでもありそうな郊外の風景だ。だが、その丘の一角にある国有地が、ある日突然、全国ニュースの主役になった。
そこに私立小学校が建つという。
しかもただの学校ではない。
「愛国教育」を全面に打ち出した教育機関だ。国旗掲揚、国家斉唱、礼節教育。パンフレットには威勢の良い言葉が並び、完成予定の校舎は白壁の洋風建築。丘の上に立つその姿は、まるで城のようだった。
問題は、土地だった。
その国有地は市場価格の数分の一で払い下げられていた。
新聞が騒ぎ始めた。
兵庫県当局も動き出す。
そして、その情報は西日本特別諜報班――NSTにも届いた。
大阪湾を望む古いオフィスの会議室。
岡本玲奈は、机の上の資料をゆっくりめくっていた。
「土地が安すぎるな」
低い声だった。
向かいに座る西川彩香が肩をすくめる。
「政治の話ちゃいます?」
玲奈は首を振る。
「政治だけやない」
資料の最後のページを指で叩く。
そこには学園理事長の写真が載っていた。
威勢のいい演説で知られる人物だ。教育改革を叫び、政治家とも近い。しかし同時に、黒い噂も絶えない男だった。
玲奈は短く言った。
「金の匂いがする」
NSTは兵庫県当局と協力し、内偵調査を始める。
表向きは教育問題。
だがNSTが疑っているのは別のことだった。
黒鷹の資金だ。
近年、黒鷹の地下資金が教育法人や宗教法人を通じて動いている形跡があった。もしこの学校がそのルートなら、放置するわけにはいかない。
玲奈は地図を机に広げた。
「潜るで」
彩香が眉を上げる。
「学校に?」
「そうや」
玲奈は淡々と答えた。
「教育ボランティア募集しとる」
数日後。
白壁の校舎はまだ建設途中だったが、敷地内では説明会や教育イベントが始まっていた。理事長は教育熱心な姿を演出し、未来の保護者を集めていた。
そこに三人の若い女性が現れる。
美咲。
あかり。
そして白浜麻衣。
三人とも紀伊半島出身だ。
美咲は奈良、あかりは三重、麻衣は和歌山。
それぞれ別の任務で忙しかったが、今回は珍しく同じ現場に集まっていた。
彩香が無線で笑う。
「久しぶりやな」
玲奈も小さく言う。
「紀伊ハンターや」
それが三人の非公式ユニット名だった。
紀伊半島出身者だけで構成された派生チーム。
現場の潜入任務では意外なほど連携が良い。
白浜麻衣は、柔らかな笑顔で受付に立っていた。
紀州の舞姫と呼ばれる彼女は、幼稚園教諭を目指している学生でもある。教育ボランティアという肩書は、潜入にはむしろ都合がよかった。
「よろしくお願いします」
丁寧な声。
理事長の側近が満足そうに頷く。
「教育に興味がある若者は歓迎します」
美咲とあかりも敷地内に入る。
建設途中の校舎は、白壁がやけにまぶしい。
丘の上から伊丹の街が見渡せる。
美咲が小さく呟く。
「ええ場所やね」
あかりも頷く。
「学校にはもったいないぐらい」
その言葉の裏には別の意味があった。
玲奈の声が無線に落ちる。
「様子どうや」
美咲が答える。
「普通の学校イベントです」
麻衣が付け加える。
「でも……」
少し言葉を選ぶ。
「なんか空気が固いです」
あかりも感じていた。
保護者説明会。
校歌の練習。
国旗掲揚。
すべてが整いすぎている。
まるで舞台のようだった。
その時、建設現場の奥から大型トラックが入ってくる。
資材搬入だ。
あかりの目が鋭くなる。
「美咲」
「うん」
美咲も見ていた。
トラックが運んでいる箱。
建材にしては妙に頑丈だった。
玲奈の声が再び響く。
「紀伊ハンター」
「その箱、追え」
丘の上の白壁の学校。
表では子どもたちの教育を語り、
裏では何か別のものが動いている。
NSTの潜入調査は、まだ始まったばかりだった。




