白鷺は黙って見ている
姫路城は、やっぱり別格。
世界遺産。白鷺城。青空に浮かぶ白亜の天守は、ほんまに鷺が羽を広げたみたいや。最近は入館料が値上げして、市民とそれ以外で料金が違ういう話題もあって、地元ではちょっとした論争になっている。「姫路市民やったら安いんは当然やろ」「いや観光客あっての城や」――そんな声が石垣の下を流れている。誇りと現実が、同じ場所に同居する街。それが姫路。
その誇りのど真ん中で、黒い取引が動こうとしていた。
元県知事一派と繋がる資金管理役が、文化財整備の名目で流した金を“黒鷹”へ回す。場所は姫路城公園。観光客に紛れての受け渡し。NSTが動く。
現場のキャップは西川彩香。
「姫路で好き勝手させん。絶対にや」
播州弁が低く唸る。地元の任務や。気合いが入り過ぎるくらい入っている。迫田ツインズは観光客に紛れ、美咲は静かに通信を拾い、あかりは外周を押さえる。岡本玲奈は一歩引いて全体を見ている。静かなる美貌のボス。その立ち姿は城の石垣みたいに揺れへん。
標的が三の丸広場の端で立ち止まる。紙袋を持った男が近づく。
今や――そう彩香が合図を出しかけた、その時。
「あーやかー!」
背後から明るい声。嫌な予感は的中する。
赤嶺美月。大学の友人らを連れて、観光テンション全開で登場や。
「うわ、彩香やん!何してんの!?城きれいやな!」
最悪や。
彩香は小声で言う。「今はアカン」
せやのに、美月は止まらない。
「写真撮って!白鷺城バック最高やん!」
標的がこちらを見た。警戒の色が走る。
彩香は舌打ちを飲み込む。「……はよ並べ」
スマホを受け取り、フレームを整える。美月たちは笑顔でピース。城の白が背景に広がる。
その瞬間、画面の端に“それ”が映った。
紙袋の受け渡し。
手袋の手首から覗く、黒い鷹の羽の紋。
黒鷹――。
彩香の鼓動が一段跳ねる。
「……もう一枚いくで」
連写。ポーズを変えるたび、標的の背後がくっきり写る。証拠が、観光写真に紛れ込む。奇跡みたいな偶然。
だが奇跡はそれだけではなかった。
美月の友人が小声で「さっきからあの人、同じとこおるで」と言う。
美月はそれを大声で返す。
「え、あの紙袋の人?怪しくない?」
標的が動揺する。
さらに美月は無邪気に近づく。
「すみませーん、写真撮ってもらえますー?」
観光客ムーブの最強技。標的は断れれない。
スマホを受け取ったその瞬間、通知が光る。送金アプリ、座標、海外口座。彩香の視界に一瞬映る。
イヤホン越しに玲奈の声が落ちる。
「彩香、今の見えた。……やるで」
迫田ツインズが人の流れを操り、あかりが軽くぶつかって紙袋を落とさせ、美咲が拾う“親切な観光客”を演じる。中身を確認し、何事もなかったように戻す。
騒ぎはない。叫びもない。白鷺城の下で、静かに網が閉じる。
証拠は揃った。送金ルートの端も掴んだ。黒鷹の尻尾も押さえた。
任務は――大成功。
彩香は呟く。
「美月の行動は理解できん……」
ほんまに理解できへん。計算も作戦もなかった。ただの無邪気やのに、奇跡を連れくる。
玲奈は天守を見上げながら言う。
「まあ……美月やからな」
「それで納得ですか」
「結果が出た。それでええ。理屈通りにいくんが全部やない」
その声は静かやのに、妙に重い。
彩香は城を見る。白い。完璧に見える。でも、あの城も戦を潜り抜けて残っとる。完璧やから残ったんやない。残ったから完璧に見えるだけ。
遠くで美月がはしゃいでいる。
「白すぎやろ!最高!」
何も知らん笑顔。
彩香は影からそれを見つめる。言いたいことは山ほどある。怒鳴りたい気もある。でも、今は言わない。
白鷺城は黙って見ている。
汚い金も、無邪気な笑い声も、全部。
彩香は小さく息を吐く。
――まだまだや、うちは。
けど、背中を追う人はいる。
静かに立つボス、岡本玲奈。その揺るがん背中を。
白い城の下で、影は消えた。
だが戦いは、確実に次へ進んでいる。




