第6話 父オスカー・リングット
銀の髪を後ろに撫でつけ、純白の軍服をきっちりと着込んだ壮齢の男性が駆け下りてくる。
どこか冷淡な印象を与えるアイスグリーンの瞳。力強い眉。齢四十二ではあるが目尻に刻まれた皺すらも色気に変え、整った容姿に陰りは見えない。
上に立つ者らしい威厳に満ち溢れた彼こそ、リングット公爵家現当主でありオフィーリアの父、オスカー・リングッドその人だ。
戦闘民族の呼び声高いリングット家はこの国――エイデン王国における軍事権の一切を掌握している。
立っているだけで周囲の者を圧倒する威圧感はさすがだが、しかし今日に限ってはその圧も半減していた。理由は背に天蓋付きベッドを担いでいるからであろう。ちなみにセミダブル。
獣人用にすべてのスペースが広くとられている地下監獄ではあるものの、よく運び込めたものだと感心してしまう。
「ほらこの通り。お父様の御到着ですわ」
「いや、御到着はいいのだが……なんだその、後ろの大荷物は」
「すぐ処刑されるわけでもあるまいし、しばらくここで暮らすのでしょう? これでも必要最低限のものしか用意しておりませんわ」
オスカーがベッドを床に置いた。
その傍ら、リングット家お抱えの使用人たちが入れ代わり立ち代わり調度品を運び入れていく。
実は監獄に収容されると決まった直後、オフィーリアは父への言伝を側近へ耳打ちしておいたのだ。
侯爵令嬢たるもの、着の身着のまま投獄されるわけにはいかない。人として最低限の暮らしができるよう準備は念入りに、と。そう考えたわけだが、万事つつがなく事が運んだようだ。
隣に立ってぽかんと口を開けているツァールを満足そうに見やり、彼女は微笑む。
これくらいの無茶など軽く通せるくらい、リングット家の力は強大なのである。
「足りないものはあるか? オフィーリア」
「いいえ。さすがお父様です。わたくしの意図を汲みとった素晴らしい選定ですわ。しかし、このような御面倒をおかけしてしまい申し訳ございません」
「構わん。些事だ。それよりも――」
オスカーの目が細まった。
ピリリと痺れるような緊張が辺りに立ち込める。
さすがはエイデン王国最高指揮官。一介の兵士程度では逃げ出してしまいそうな圧を放っている。しかし、オフィーリアにとってこれは日常。凪いだ風と同じであった。
「承知しております。どうぞ、お気のすむまでお調べになってください。誓って、リングット家の恥になるようなことは致しておりません」
「――フッ、ハハハ! うむ、分かった。気がすむまで調べさせてもらおう。お前の味方になるかどうかはそれから判断する。……しばらく我慢してくれ、私の可愛いオフィーリア」
「ええ」
オフィーリアは静かに頷いた。
彼女にかけられた罪状は王太子の暗殺。重罪だ。実の娘であるからこそ余計に身内贔屓で目を曇らせることなく、状況を把握しなければならない。
それが、国を守る者の責務。
分かっていたことだ。この判断は想定の範囲内。狼狽えるはずもない。
(問題は、リミットがすぐそこまで迫っていることかしら。わたくしが死ぬ前にお父様が潔白の証拠を集めてくださるか。それとも、ねつ造された証拠が山ほど出てきて運命からは逃れられないか)
恐らくは後者。
今までの経験上、牢獄から死を回避するのは非常に困難だ。リングット家の動きは今後の参考程度に集めるとして、本命は別に用意しておかなくては。
そう、何十回とループしてきて第五監獄や獣人が出てきたのは初。ここにきて新たな手掛かりがポンと出現したのだ。今やるべきことはループ後に備えて手札を集めること。
オフィーリアはちらりとツァールを見た。
「はぁ、さすがはお嬢様。想定を軽々と越えていくな。感心するよ」
「ふふ、お褒めに預かり光栄ですわ。それではお父様、荷物をこちらへ。ベッドは右奥。他は――」
「待て待て、本気であれを中へ入れる気なのか?」
「あら、何か不都合があって?」
いささか少女趣味かもしれないが、冷たいレンガの壁より幾分かマシであろう。こんなジメジメした空間に長時間閉じ込められていたら心まで錆びついてしまう。
しかしツァールの心配は別のところにあったらしい。怪訝そうに格子を指差した。
「普通に無理だろう」
「無理とは?」
「入り口が小さい。鍵を開けても入るわけがなんんんん!?」
無言で格子に両手をかけ、左右に開くオスカー。その姿を見て、ツァールの尻尾と耳がピンと上を向いた。
「待ってくれ!? なぜ飴細工のように格子が曲がるんだ!?」
「ハハハ! おかしな事を言う! こんな小さな入り口ではベッドが入らないだろう?」
「違うそういうことじゃない!」
ツァールは大袈裟に首を振って毛を逆立てた。
面白い反応だ。
地面すら容易く割るリングット家の者にとって、格子など針金と同じ。少し力を込めればぐにゃりと曲がる。この国では常識と言ってもいいほど広く知れ渡っている事実なので、驚かれるのは実に新鮮だ。
ツァールの初心な反応に気をよくしたオスカーは、調子に乗って豪快に穴を広げていく。
「軽い軽い!」
「ふふ、お父様ったら。わたくしもお手伝いいたしますわ」
「可愛いオフィーリアに力仕事などさせられるものか。パパにすべて任せておきなさい」
「素敵ですわ、お父様。ですが、少々入り口が歪にございます。どうか整える作業くらいはこのオフィーリアにお任せくださいませ」
「ふむ、細かい調整はお前の方が得意だったな。では頼もう」
大雑把なきらいがあるオスカーの空けた穴は楕円にも程遠い。オフィーリアは進み出てさくさくと綺麗な長方形を作った。
もちろん素手で。
「これなら天蓋付きでも問題なく入りますわね」
「素晴らしい! さすがパパのオフィーリアだな!」
「いやなぜそうなる!? 格子の存在意義を簡単に消してやるんじゃない!! 可哀想だろうが!!」
「あら、ツァールは優しいのですね。そう心配しなくとも、すぐに元通りに戻して役目を思い出させてあげますわ」
「だからそういう事じゃないんだよ!」
頭を抱えながらしゃがみ込むツァールの前で、楽しそうに手を叩くオスカー。最高指揮官の威厳はどこへやら。子煩悩を炸裂させた茶目っ気たっぷりな父親の顔になっている。
「……頭が痛い」
反対に、ツッコミ疲れたツァールの背中には哀愁が漂っていた。
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