決着
今の挑発は敢えてしたものだった。人間を嫌悪しているアダムが、それと同じと言われれば、不快な気持ちは一気に沸点を超える。
「私を人間と同等だと言うのか?」
はたして、新庄は激昂した。
「いいや、人間以下だと言ったんだ」
「くあああっ!」
新庄は渾身の力で総介を押し込んだ。
「その単純さは猿以下かもな」
総介は逆らわなかった。逆に床を蹴って勢いを加えた。
総介の体が完全に宙に浮いたが、脚を新庄の胴体に絡めて体重を掛けた。
「かっ!?」
「落ちてやるよ。しかしな、てめーも一緒に落ちろ」
前屈みになっていたところに、総介が勢いをつけて全体重を預けたのだ。さしもの新庄も堪えることはできなかった。
新庄は慌てて、総介の首から手を離して窓枠に掛けたが、今度は総介が新庄の頭を鷲掴みにして外壁を思い切り蹴った。
二人は弾かれて飛び出した。
「きさまぁっ!」
「焦るなよ。三階から落ちたところで、どうってことないだろ?」
言いながら、総介は体を捻って新庄と位置を入れ替えた。総介が上になり、新庄を押さえつける姿勢になる。
「あっがぁっ!」
新庄は抵抗してさらに位置を変えようとしたが、地面は一瞬で迫ってきて、もうそれは叶わなかった。
折り重なったまま地面に激突した。
「きぃあああああっ!」
新庄は生物が発したとは思えない叫びを発した。空に拡散するような荒れ狂う響きを持った声だ。
二人が落ちたのは平らな地面ではなかった。建設途中のビルの基礎で、突き出た異形鉄筋が何本も突き出していた。そのうちの一本が、新庄の心臓を貫いていた。
「こんな馬鹿なっ! こんな馬鹿なことがああぁっ!」
断末魔を迸らせながら、新庄の手は宙をもがいた。何度ももがき動く様は、総介には散っていく命を掻き集めているように見えた。
「杭に心臓を貫かれて死ぬなんて、本物の吸血鬼みたいじゃねえか」
「きさま……こうなるのを狙って……」
「一か八かだったけどな」
すべては総介の計算だった。成功する確率は限りなく低かったが、外壁を蹴る際も鉄筋の上に落下するように角度をつけた。自分も一緒に貫かれる危険はあった。しかし、あのまま一人で落下するよりも、巻き込んで新庄を仕留めることに賭けたのだ。
危険を冒した行為に、天が味方をしてくれた。総介は賭けに勝ったのだ。
「確実でないことを実行に移すとは……だから人間は愚かしいのだ」
「なんでも理詰めで行動するおまえらだって、こうして失敗したろ?」
「なぜ、ここまでのことができながら、人間は滅びゆく運命を歩み始めたのか……」
「どうかな。最後の最後まで足掻き続けるんじゃないのか?」
「……おまえのように、か」
新庄の腕が落ちた。掴もうとしたのは、散りゆく命ではなく地獄から抜け出せる蜘蛛の糸だったのか。
最初期に製造されたアダムなら、百年近くも活動を続けていたことになる。その間、どれだけの人の血を糧にしてきたのか。どのような経験を経て、人を超えようと考えるようになったのかは本人にしかわからないが、アダムが君臨する世界を創り得たとしても、結局は人間がたどった道をなぞるだけのような気がした。
「結局は、浮いたり沈んだりするもんなんだよ。それこそ、本物の神にでもならなきゃな」
総介は、迷走する気持ちを終わらせる言葉を口にして、考えるのをやめた。
「優…優を助けなければ……」
急いで病棟に戻ろうと駆け出した。まだ優が中に残されている。もう人間とも呼べない連中に囲まれないうちに助け出さなければならない。一歩足を踏み出す度に体が悲鳴を上げたが、鞭を打って病棟へと走った。
「総介ぇっ」
総介が、あと僅かのところまで接近した時、侵入した裏口から優が出てきた。村瀬に肩を借りてひょこひょこと近づいてくる。
「あいつ、村瀬にとどめを刺さずに俺たちを追ったのか……」
総介の体にどっと疲労感がのし掛かり、その場に座り込んだ。
優は痛む脚を庇いながら、総介に近づいた。
本当なら飛びつきたいところだったが、今は無理だった。ケガのせいだけではない。なぜなら……。
「……総介、大丈夫? 体に異常はない?」
本当は、攻撃衝動が抑えられるのか訊きたいのではないだろうか。総介はそう思った。
優の声は遠慮がちで、おそらく警戒心も含まれていた。
でも、それはほんのちょっぴりだけさ……。
総介は、そう考えることで自分を納得させた。
「大丈夫だ。けど、もうちょっと休ませてくれ」
「でも、あの薬を飲んだんでしょ?」
優はすでに村瀬に伝えていたのだろう。村瀬が間合いを取り、優がこれ以上近づかないようにしているのがわかった。
「一回使ったくらいじゃ、どうってことはない。少し体が熱いくらいだ」
「でも、三階から落ちて……」
「百武」
村瀬が割って入った。行列に割り込むといった感じでだ。
「俺たちの名前を言えるか?」
「なんだよ。おまえまで」
「いいから言ってみろ」
総介はわざとらしく溜息をついてみせた。
「村瀬だろ。そっちの可愛いお嬢さんは優だ。大丈夫だって。こうやってちゃんと会話してるだろうが。俺は正気だよ」
やっと納得いったのか、二人から気の張りが消えた。
「……おと、新庄は?」
ついさっきまでお父さんと呼んでいた男を、敢えて名前で呼んだところに優の心中が察せられる。
「向こうにいる……」
優は総介が目で示した方に行こうとした。肩を貸している村瀬が引っ張られる。
「見ない方がいい」
総介の言葉を、優は首を振って払った。
「見届けなきゃいけないの。私は……私が」
「……そうか」
それ以上は総介も止めなかった。
総介の前を横切る際、村瀬が銃を差し出した。総介のM9だ。
「拾っといてくれたのか」
「おまえが正気を失ってたら、こいつで撃つつもりだった」
「ひでえな」
総介は頬を歪めながら、自分の銃を受け取った。
串刺しになった新庄が、優の目に飛び込んできた。一瞬、息が止まったが、大きく深呼吸することで取り乱すのを堪えた。
長年、生活を共にした相手の凄惨な姿を目の当たりにしても、言うべき言葉がみつからない。「ありがとう」も「さよなら」も「ざまあみろ」も、この場にはそぐわない空々しい台詞にしかならないと思った。だから、優はなにも言わないことにした。
この人、いやアダムは、私に利用価値があったから一緒にいただけだ。愛情なんてはじめからなかったのだ。それなのに、なんでこんなにも切ないのだろう。
出口を失った言葉の代わりに、気持ちのすべてを閉じ込めた涙が溢れた。止めようと思っても、涙が次々と溢れてくるのに嗚咽は漏らすまいと呼吸が苦しくなり、優は無駄な涙など流さないアダムを、少しだけ羨ましいと思った。
朝日が昇る。一夜の惨劇など取るに足らないと言わんばかりの、いつも通りの眩しさだ。
総介は目を細めて、次第に姿を現す太陽を眺めていた。




