愛を知るもの(あいち/やまがた/にいがた(後編
「お前――」
「ウィンター将軍に報告したきことが!」
「よくも貴様、エアーズの岩砦を陥落させておいてこの地までおめおめと逃げ帰ってきたな!」
「まったくずうずうしい――」
現れたナタリー・ヴォルケイノに対して批判の声を向ける謁見の間に集う将兵たち。
「黙れっ!」
ウィンター将軍は彼らを強引に黙らせた。
「ナタリー・ヴォルケイノ補佐官。対アーカンソーの重要防衛陣地を落とされたとあってはもはや死罪は免れぬが、何か言いたいことがあるらしいな。命乞いか?」
「命乞いをするぐらいであれば逃走しております。私は敵の情報を持ってまいりました」
「聞こう。内容によっては処分を考えんでもない」
「敵集団は薔薇騎士団。その数はおよそ500。その中に強大な魔導器、黒の歴史書を持った魔術師がおり、その者の魔術により――」
「やはりヒストリカル・ブラックか。太鼓の昔、魔人に仕えし魔王の徒がばら撒いたとされるあの超攻撃破壊兵器。一体どのような手を使ったのだ――。そしてそのような兵器を手にしたヤツラは今後どのように動くのか――」
「なんでも、今回のオペレーションは『蜂の罠作成』という名称らしいです」
「ふうむ……、女ばかりの薔薇騎士団。そして蜂の罠作戦か、蜂とはつまりハニーで、罠はトラップ。つまり、ヤツラはハニートラップを仕掛ける気なのか? それとも我々の何人かが既に罠に嵌められているのか?」
あからさますぎる。
ここで始めてウィンター将軍はなぜここにナタリー補佐官が生きて帰ってきているのか疑問に思った。
なぜ、これほどの情報を持っているのかと。
そんな、あからさまな作戦名であるならば、味方以外言うわけはがない。
「ところで、なぜナタリー補佐官。君はそのよう事態にここに来ることができたのかね」
「それはー」
エアーズの岩砦が一瞬のうちに破壊される大魔術であれば、ナタリーが生きていること自体がおかしい。
ナタリーは一瞬ためらったが答える。
「私は一度捕虜になりかけましたが、機転を利かして薔薇の騎士団に取り入りまして――」
「つまり裏切ったと?」
「私はオーストロシアへの忠義を失ってはございません! あくまで方便でございます」
「なるほど、それでぺらぺらと相手に喋らして、ヤツラが油断したところを逃げてきたというのだな」
確かにそれなら辻褄は合うのだろうか?
ならば他にも有用な情報を持っているのではなかろうか。
ナタリーはヴォルケイノ中将の娘だ。やろうと思えば機転を利かせて軍事的に重要な情報をうまく喋らしたに違いない。
もしこれが、単に裏切りであるのならそのような情報は知っていても教えない、ということになる。まずは情報の収集からだ。
「他には? 他には何か情報はないのか?」
「そのヒストリカル・ブラックを使う魔術師は薔薇騎士団の主君の婿殿であること。その他にはその魔術師は薔薇騎士団の者がキーワードを発声することで出現させることができる、といったことでしょうか」
貴族の魔術師か――
魔力値の多くは遺伝によるもの。貴族家は婚姻を繰り返すことで魔力をより高めることに腐心するものである。考え合わせるとヒストリカル・ブラックを経由して強力な魔力を持つ貴族を婿に迎え、そのチカラに魅せられた薔薇騎士団が不遜にもこのオーストロシアを踏み台にしようとしたのであろうか? 昔からの貴族であれば所持の可能性としても考えられなくもない。しかし――
「しかし、キーワードで呼び出されるイベント駆動する魔術師か。かつて特殊な魔王の徒が行使したと聞く≪イベントドリブン≫スキルに似ているな。女ばかりの薔薇騎士団。一人で危ないところに行ったときに応援のために召喚を行うための魔術というのがその前身いったところだろうが、それをこのような大規模魔術の行使に使うとは。さて、ナタリー補佐官。そのキーワードとは何だ? 薔薇騎士団の一人を捕まえて逆手に使えば精霊封じの魔方陣のただ中にいきなり召喚させるなどできるかもしれない」
「言ってよろしいので?」
「言え。そのキーワードとやら。我らオーストロシアに忠誠を誓うなら」
「くっ……、殺せと」




