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しつけはまだまだかんりょうしていません

 先ほど負った心の傷を癒すような素敵なものを頼もう。私はメニューを改めてじっと見た。何にしようかなー。へぇ、デザートもここ豊富なんだ。せっかくだから何か頼もうかな。あまり甘すぎるものは苦手だからチーズケーキにしよっかな。私は顔を上げた。


「先輩、決まったっすか?」

「うん。アップルティーとベイクドチーズケーキにしよっかな。吉田くんは?」

「俺も決まったっす。頼みましょっか──すみません」


 吉田がウェイターさんを呼んだ。


「アップルティーとベイクドケーキを一つ。アールグレイと苺とラズベリーのパフェを一つ」

「かしこまりました」


 今日も女子力が高いんだな、吉田。私の視線に気づいたのか、彼は苦笑した。


「甘いもの好きなんだね」

「そうっすね。男だって甘いもの好きなんっすよ! 最近はケーキ屋さんとかよく行くっす」

「へぇー」


 吉田とケーキ。まぁ、普段の彼を知っている私は違和感ないな。だが、店員の女の子はぴっくりするだろうな。


「先輩が言ったじゃないっすか。『売ってあるのに買っちゃダメなんておかしいでしょ』って。昔は好きでも買うのに勇気いったんですけど、先輩がそう言って胸がスカってしたんすよね。──ありがとうございます」

「えっ」


 頭を下げた吉田に、私は少し慌てた。そういえばそういうこともあったね。超忘れてた。


「ちょっと待って。頭上げて。私はお礼言われるようなことしてないよ。ただ思ったこと言っただけだし」

「それが嬉しかったんっすよ」


 吉田は破顔した。彼は本当に嬉しそうだった。ますます奴がわからん。吉田は笑うだけで、それ以上言葉尽くすことはなかった。



 しばらくすると、注文したものが届いた。ウェイターさんがいなくなった後、吉田はおもむろに携帯を取り出して、パシャパシャと写真を撮った。


「先輩のチーズケーキも撮っていいっすか?」

「どうぞ」


 やっぱり女子だな。私は吉田が写真を撮り終わった後、すかさずケーキを食べた。


「そういえばお姉さんからの取材だっけ?」

「そうっすね。後で店内の小物とか撮っていいか聞く予定っす。ダメだったらここの雰囲気だけでも伝えるっすけど」

「大変だね」

「……もう慣れたっす」


 いつも快活な吉田が一瞬遠い目をした。うわぁ。はじめて彼のこんな顔みたわ。よほどお姉さんに頭が上がらないのかな。


「家に帰ってからのことは後で考えて、今は楽しみますよ。じゃなきゃやってけないっす」

「そ、そう」

「そういえば先輩って束縛系の男が好きなんですか?」

「ファ!?」


 脈絡もなく突然質問がきて、私は紅茶を零しかけた。あ、あぶねぇ。


「な、なんでそんなこと聞くの!?」

「いや、先輩の小説で出てくる男ってなんつーか、そのドロドロしてるっていうか。なんていうか」

「あれは二次元だから許されるんだよ! 三次元はお断り!!」


 急に何を言いだすのかと思ったら。なるほど、私の小説のことか。吉田は何を勘違いしているのか、私がこういう男が好きだって思ったんだな。


「現実にもし束縛系の彼氏がいたら、迷わず逃げるかな」

「そうなんっすか」

「危険じゃん。怖い。ああいうのはシチュエーション萌えも入ってるのよ。単体じゃダメ」


 そうなのだ。これは非常にデリケートで難しい問題なのだ。ただヤンデレが好きなだけじゃない。ヤンデレ男単体だけじゃどうにもならないのだよ。主人公の性格、心情、立場。それらの要素がうまくかみ合っているときに真に効果を発するのだ。


「俺の姉貴と話が合いそうっすね。姉貴も同じこと言ってました」

「そういえば、吉田くんのお姉さんってなんの漫画書いてるの?」

「姉貴っすか?姉貴は──」


 吉田の教えてくれたお姉さんの作品は、私も知っていたものだった。ふむ、確かにちょっとヒーローは主人公のこと好きすぎる感じは、する。


「すごいね、私その漫画知ってるよ。面白いよね」

「読んだことあるんすか? 先輩はああいう感じの男はどうっすか」

「お姉さんの作品の中には必要だと思う。でも3次元にはいちゃダメだと思う」


 なんか今日は吉田と会話できている気がする。なんでだろ。大学じゃないから他の人の目線を気にしないですむからかな。さっきまでの憂鬱な気分が嘘のように、普通に楽しい時間だった。



「いい雰囲気の店っしたね!」

「そうだね」


 お店から出たときにはもうずいぶんと時間が過ぎていた。吉田とこんなに話すなんて思ってもみなかった。不思議としか言いようがない。


「高崎先輩」


 吉田が私に手を差し伸べた。


 カフェへ行くときよりは人の混雑さはなくなっていたが、道にはまだまだ多くの人がいた。私はその手をじっと見て、そのまま素直に手を重ねた。


「……へへ」

「何?」 

「なんでもないっす。はぐれたら大変っすから」

「はぐれたら大変だからね」


 そう、これは迷子防止のためのものだ。私みたいに人よりほんのすこーし背の小さい人の為の措置であって、特別なものではない。吉田が嬉しくてたまらない、という顔なんて私は見ていないし、知らないんだから。


「またどこか行きましょうね」

「……えー」


 また次もあるのか。やっとおでかけ終了だって思ったのに。手をぶんぶん降るこの天然ワンコにはまだまだ躾が必要だ。私はそっとため息をついた。


 そのため息は普段よりも軽いものであったということに私はまだ気づいてはいない。

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