おさんぽにいきましょう
目の前を幸せそうな家族連れが通り過ぎていく。子供の笑い声がやけに耳に残った。頼むからその楽しさを分けてくれ、と現実逃避にそう思う。夏、とまではいかないがじっとしているだけでそれなりに暑い。太陽がじりじりと肌を焼いていく。
今日は待ちに待った休日。大学という俗世から離れて聖域(画面の向こう)へとダイブしているはずだった、日曜日の午後2時前。ウキウキな気分とは程遠く、私はテンションだだ下げで約束した噴水の前にいた。
『あーん』とか、思い出すだけでも身もだえしそうなことをされたのがおよそ一週間前。その際に『ネタになる場所を一緒に巡って欲しい』と言われた。大学内だけでなく休日も吉田の顔を拝むなんて本気で嫌だったが、しかし。奴は私の弱みを知っている。口止めしようとしたけれども、吉田の斜め上をいった気づかいでなぁなぁになってしまった。大学内では何かと人の目があり、容易に話題にできない。
(一応釘をさしといたほうがいいよな。……何するかわからないし)
吉田の恐ろしいところは、奴の行動が私の予想できない高みにあるということである。やんわり避けようとしても相変わらずの吉田説でことごとく玉砕してしまう。何しでかすかわからない奴。本当に奴は恐ろしい。
「先輩! 遅れてすみません!! 待ったっすか!?」
さほど時間を置かずに吉田が走りながらこちらへやってきた。今日も悔しいくらいにイケメンだ。そのままの勢いのまま、がしっと肩を掴まれすごい勢いで謝られた。イメージは急に猛スピードでこちらに寄ってくる大型犬だ。
「別に、全然待ってないよ。今来たところだし、約束の時間よりちょっと早いし…………大丈夫だからちょっと落ち着こうか」
近い、近いから……! よほど急いだのだろう。吉田は息があがっており、髪や衣服の端々が少し乱れている。ハァハァ言いながら肩掴まれてちょっと怖い。奴は目立つ、色んな意味で。ほら、子供が不思議そうに見ているじゃないか。『みちゃいけません』っていや違いますよお母さん!! 何とか吉田を宥めて落ち着かせたのだが、その時点で私のHPはレッドに近いイエローだった。行先は吉田に任せて足を必死に動かす。
「今日は人が多いっすね」
「そうだね」
「なんかのイベント? があるらしいっす」
「…………そうなんだ」
休日になると多い人通りは、吉田のいうイベントがあるせいで行き交う人でごった返していた。どこを見ても人、人、人……。この先を進むのかと思うとクラりとした。
「先輩、大丈夫っすか」
「む、むぐぅ…………大丈夫」
吉田の後をついていくが人の波に紛れて何度も見失いそうになった。見かねた吉田がいったん人通りの少ないところに避難した。
「もう少し先が目的地なんすけど、もう少し頑張れるっすか?」
「……あーうん、まぁ」
「このままだったらはぐれちゃうっすよ。先輩」
吉田が手を差し出した。……お手、か? 戸惑う私が彼の手を見ていたら、私の手とそれを重ねて歩き出す。
「俺が先輩の手を引くっす! これなら絶対大丈夫ですから!!」
「…………」
いつもの私なら猛反対だろう。だが反論する気力も残っていなかった。と吉田が導いてくれる方向へ黙々と足を動かす。もう何でもいいから早く着いてくれ、切実に願う。
吉田の目的地はちょっとゴシック調なオシャレなカフェだった。一つ一つの小物や調度品に品があり、雰囲気に好感を持つ。さっきまでの混雑した光景とは別次元のようだ。あまり目立たないところに立地しているからだろうか、人は少なく静かな空間が広がっていた。ウェイターさんに案内してもらった席は窓際だった。ガーデンテラスもあるようで、春先とかだったら外でお茶でも悪くないな。
「ご注文がお決まりでしたらお呼びください。ごゆっくりどうぞ」
微笑ましいものを見るような、生暖かい目を向けられる。どうしたんだろう?
「先輩、手を……」
「あ」
ここに来るまでずっと手を繋ぎっぱなしだったのか。色々参ってて気づかなかった。私はばっと手を離した。いそいそと席につく。
「ずっとごめん」
「俺は別に役得だなーって思ってたっすよ。もしかして、恋人とかに見られちゃいましたっすかね」
「へっ!?」
吉田の爆弾発言に思わずぎょっとして奴の顔を見た。えへ、とはにかみながら首をかしげる吉田は大型犬のようなかわいさがあった。……てか、お前は乙女か。
「兄妹とか思われたんじゃない?」
「…………」
「…………」
否定したくて思わずとっさに出た言葉に吉田は黙ってしまった。あれ?これ、自分で自分の首絞めた? それもあり得るな、なんて顔しないで、頼む。私と吉田の間に流れる沈黙が痛い。ねぇ。こういうときこそ何か話してよ、吉田ぁぁぁぁ!!
「……先輩、メニューどうぞ」
「ありがとう……」
メニューを差し出した吉田は私と目を合わさない。「紅茶の種類がたくさんあるっすね!どれにしようか迷うなー」なんて、あからさまな話のそらしかたに、私はメニュー表で顔を隠しながら撃沈した。




