なつかれました?
魔のサークル新歓が終わった数日後。なぜだが知らないが、金髪犬もとい吉田くんに顔を合わせるたびに挨拶をされていた。
「ちはーっす、高崎先輩!今から講義ですか?」
「あー……うん、まぁ」
「俺は今終わったところなんです!」
「あぁそう……」
私はお前会話する気ないだろっていう受け答えだったのだが、金髪犬はなかなかめげない。
「翔太ぁ、何してるのぉ?」
「サークルの先輩と話してた。こちらは高崎先輩」
「そうなんだ~。はじめましてぇ」
「……………どうも」
金髪犬が話しているといつも女の子が寄ってくる。ゆるふわでいかにも女の子ーってかんじの子やモデル風の子やギャル風の子などなど。そして私のことを紹介するのだ。その女の子たちが幼女を見るような……ごほん、生暖かい目で挨拶してくるのがとてもいたたまれない。何が悲しくて年下に年下を見るような目で挨拶されないといけないのか。
「じゃあ、もうすぐ講義始まるから」
「はい!お疲れ様です!! サークルのほうにも来てくださいね!!」
ただでさえ行きたくないものを、貴様がいるから行きたくないんじゃー! と心の中で思いながら曖昧に言葉を濁すと私はそそくさと講義室へ入った。
「先輩かわい~。ちっちゃーい」
可愛らしい声でお決まりの言葉が私の背中を深く突き刺す。最近の若い子は配慮という言葉を知らないらしい。
「あーもう不安すぎる……」
「はぁ」
「あちらは意識してないってことは分かってるよ?でもさ、ねぇ」
「ふーん」
「……ちょっと、生返事ばかりしてないでもっと何か言ってよ」
「五月蠅い爆発しやがれこのリア充が」
「!?」
2限目の講義が終わり、いつものように私と恭子は食堂でお昼ご飯を食べていた。時間がちょうど12時そこらなので、多くの学生が利用しており混雑していた。お昼時になると騒いでいた目立つ1年グループの連中が小規模になっているような気がする。ゴールデンウィークが過ぎ、五月病にでもかかってしまったのかもしれない。
「……私に言ってもロクな解決法が出てくるとは思えないけど」
「そうかもしれないけどさ、聞いてほしいのよ」
恭子には彼氏がいる。その彼がイケメンだから、彼女持ちと知っていてもあわよくばと近寄ってくる女がいるらしい。そんな不安にならなくても私から見れば2人はお似合いの恋人同士に見えるのだが。正直、リア充のノロケほど腹立たしくて時間を無為に感じるものはない。あいつらの会話はどうどうめぐりだからだ。……ていうか、今何気にひどいこと言わなかったかこいつ。
「鈴は恋人とか欲しくないの?」
「別に」
「はぁ、即答ですか。そういえば、最近サークルの吉田くんと仲がいいよね、彼とかどうなの?」
「うぐぶほあはぁっ」
「なっ、ちょっとどうしたの!?」
予期せぬ金髪犬の名前が出てきて私は思わず食べていたラーメンを吹き出しそうになった。苦しい、スープがどっかの器官に入った。
「ぐ、……なんで吉田くん?」
「だってすごいなついてるじゃん、彼。鈴は吉田くんに何をしたの?」
それは私が聞きたい。
「……ありえない」
「えー。いいじゃん吉田くん。イケメンだしコミュ力あるしなんかかわいいし」
あいつだけはない。声を大にして言いたいことだ。奴が誰彼かまわず私を紹介するから、一人で大学構内を歩いていたら「高崎先輩こんにちは~」と知らないリア充系女子から話しかけられるようになった。超人見知りの私はいつもびくびくしながら最近生活している。おのれ金髪犬。奴への恨みパロメーターはMAXから臨界点突破して別のものになりかけている。
「ま、鈴は昔から男っ気なかったからねぇ。恋人っていうよりあんたは小人だし」
「…………」
カラカラと笑う恭子に私は無言で今期の授業ノートは絶対に見せないと誓う。テスト前にせいぜい苦しめばいい。単位とれなくて再履になりやがれ。くけけけけけ。
「私のゆかりに何してくれやがったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「うわぁぁぁぁ!!」
「ちょっとあんた何してんの!?」
「真理子先輩!!」
私が恭子への制裁を考えていると、奥の方でものすごい大きな物音がした。驚いて見てみると何やら先輩方が騒いでいるようだった。
「あ、広瀬先輩」
「本当だ」
広瀬先輩といえば、大学始まって以来の秀才だと教授たちの間で騒がれていた。しかし彼女はやることなすこと突拍子なく同時に頭を抱えるような問題児で、評判を相殺していた。
「どうしたんだろうね」
「さぁ……」
頭の良い人の考えることは凡人には分からない。彼女の奇行を横目に、私は残りのラーメンをすすった。