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釣り上げられた人魚姫  作者: 桔梗楓
番外編
15/15

サンシャイン・マリン・アワー 2

 バーベキューはビーチの一角で行われた。普通のファミリー用レジャーシートを二枚ほど並べて敷き、日よけのパラソルを2本ほど立てる。その前に置かれたのは海の家でレンタルしてきたバーベキューコンロ。そこに大内先輩が用意してきた肉がずらずらと並べられ、段々と肉の焼けるいい匂いが漂い始める。

 結局今日ビーチに集まったサークルメンバーは大内先輩をはじめとしたOBメンバーが5人ほどと、今年から新しく部長になった俺よりひとつ上の先輩、それから名取と桐谷、俺、そしてオトヒメ。まぁ現状、一番まめに畑の世話をしているメンバーである。本当はあと2、3人メンバーがいるのだが、今日は来ていないようだった。


「ほら、第一弾焼けたぞ!食え食え!いっぱいあるからな!」

「五キロって多すぎだし……。道理でワリカンの金額がやけに高いなぁって思ったんだよね」

「ケチな事言うなよ門倉君!OBならOBらしく、たまには太っ腹な所を見せたまえ」

「君に太っ腹な所見せても意味ないし。それに、肉五キロって明らかに供給過多だよね?ねえ、残ったらどうするの、全部大内君が食べるの?それはそれで面白そうな催しだから是非やってほしいけど。ねえ、お腹って食べ過ぎたらどんな風に破裂するのかなぁ?ふふふ、楽しみだね」

「門倉君が俺をスプラッタ劇場にしようとするんだけどどういう事これ!?」


 ぎゃあぎゃあと大内先輩と門倉先輩が言い合っている。あの二人は大学時代からずっとあんな感じで、俺はいつの間にか「門倉二世」と大内先輩に呼ばれていた。どうやら俺の先輩に対する扱いが門倉先輩に似ているからだそうだけど、実のところ俺はあそこまでドエスになりきれない。門倉先輩は本当に大内先輩には容赦しないのだ。

 まぁ、俺もそれなりに肉が大好きな若者だし、五キロの肉は食いきれるか判らないけど、できるだけ肉消費に貢献しよう。さすがに大内先輩が腹を破裂させるのは見たくない。


「オトヒメも肉食べるか?」

「あ、はいですの。おにく、あの、やわらかい所が欲しいですの。ほら、前に光秀様とふぁみりーれすとらんで食べたお肉みたいな……」

「ああ、オトヒメは硬い肉が苦手だったんだよな。じゃあロースにしよう。はい」

「ありがとうですの」


 俺が紙皿に肉を取ってやると、オトヒメが嬉しそうにそれを受け取る。タレを少しつけてはむはむと食べ始めるオトヒメについ相好を崩していると、向かいからからかうような声が聞こえてきた。


「ほんとラブラブだな。光秀のデレデレ顔を拝める日が来るとは思わんかった。おまえってもっと淡々とつきあうのかなって思ってたけど、意外と甘やかすタイプだったんだなぁ」


 現部長の先輩だ。俺は頬をかりこりと掻いて「はぁ、まぁ」とあいまいに返事をする。淡々とつきあうってどういう意味だろう。それに甘やかしているつもりはない。至って普通にオトヒメと接しているはずだが、肉を取ってあげたのが甘やかしてることに繋がっているのだろうか?


「光秀先輩って、彼女に様付けで呼ばせてるんですね。意外です!みつひでさま~だって!」

「ぐっ!そ、それは別に俺が呼ばせてるわけじゃない!オトヒメがいつの間にか…!」

「え~でも、訂正させないんでしょ?光秀先輩、もしかしたら将来は亭主関白になっちゃうかもですね!ウフフフー」


 向かいでクスクス笑ってからかうのはピンク色のワンピース水着に白いTシャツを着た桐谷。俺はムッとしてバーベキューコンロに乗っていた肉をザザッと箸で纏めて摘み、こんもりと彼女の紙皿に乗せてやる。


「ぎゃー!肉の山がー!ずっしりと紙皿にのしかかるグラビティー!」

「うるせえセンパイをからかうような後輩は肉を食え。ほら、てっぺんにウィンナーも乗せてやろう」

「どえす!光秀先輩がドエス!まさかの追い肉!そこはせめて野菜系でお願いしたい所存でございまする!」


 ぎゃあぎゃあと騒がしい桐谷を放っておいて、俺は新たに肉を焼き、自分用にタンを2枚頂く。俺は割とモツ系が好きな方で、特にタンが大好きだ。焼肉はタンにはじまりタンで終わるくらい好き。

 オトヒメの隣でがつがつとタンを食べていると、いつの間にか俺の近くで座っていた名取が炭酸ジュースを渡してくる。礼を言いながらぷしっとプルタブを開けてごきゅごきゅと飲むと、隣でペットボトルのお茶を飲んでいた名取が控えめに話しかけてきた。


「あのね、光秀君。その、オトヒメちゃんのこと聞いてもいい?」

「ん?ああ、別に、いいけど」


 何を聞かれるんだろうと内心ひやひやしながら聞き返す。オトヒメには隠すべき要項が多いので、実はあまり聞かれたくないのだ。赤いビキニに白いパーカーをひっかけた姿の名取はなぜかもじもじと指を絡ませ、箸で皿に盛られた玉ねぎを解体し始める。


「えっと、どこで、出会ったのかな。大学の人じゃないよね、オトヒメちゃん」

「あっ、あーその、ほら、俺趣味が釣りじゃん?それで、魚釣ってた時に出会ったんだよ」


 嘘は言ってない。実際に俺は波止場でオトヒメと出会ったのだ。詳しく言うと、俺が彼女を釣り上げたのだが……。名取は俺の返答に「魚釣り……そこは盲点だったわ……」とブツブツ呟く。そこに、俺達の会話を聞いていたのか肉を焼いては食べまくっていた大内先輩が横から入ってきた。


「そんな馴れ初めよりさぁ、俺はオトヒメちゃんについて聞きたいですよ!なぁなぁ基本的な質問。オトヒメの好物はなんですかね。やっぱりフランス料理なの?」

「どうして突然フランス料理……?」

「オトヒメちゃんが外国人っぽい見た目だからじゃない?安易的単純思考」

「門倉君はだまらっしゃい!で?で?オトヒメちゃん」

「あ、あの……」


 顔を赤らめてうつむくオトヒメ。まだ大内先輩みたいなズカズカした人は苦手に近いのだろう。俺が代わりに答えようか?とオトヒメの手を握ると、彼女は俺をちらりと見て、しかしフルフルと首を振る。どうやら自分で答えるつもりらしい。彼女なりに人を怖がらずちゃんと関わろうと努力しているのだろう。


「こ、昆布、が……」

「コンブ?」

「は、はいですの。昆布が、好きですの。中でも日高昆布がとても美味しくて、大好き、ですの」


 真っ赤に頬を染めて恥ずかしそうに答えるオトヒメ。しかしバーベキューを囲むサークルメンバーは全員どこかぽかんとして彼女の答えを聞いていた。

 やがて大内先輩がガリガリと頭を掻き「えーっと……」と呟く。


「こ、昆布か。斬新だね。意外とシブイ趣味してんだね、オトヒメちゃん」

「ええと日高昆布って、おだしとか取る用の昆布だよね?昆布だしが好きってこと?」

「え?いいえ。お水で戻して食べますの。まろやかな口当たりがとても美味しいですの。もちろん、おだしも取れますので、そちらは光秀様のお味噌汁などに使いますの」


 オトヒメが少しだけ調子を取り戻したようにはにかんだ笑みを見せて桐谷に答える。だが、次は全員がシィンとして黙りこくってしまった。ただじゅうじゅうと肉が焼ける音だけがやけに響く。


「味噌汁……って、オトヒメちゃん。もしかして、光秀の家でメシでも作ってんの?」

「あ、はいですの!わたし、光秀様のごはんを毎日作っていますの。お料理とお洗濯とお掃除は私の大切な日課ですの!」


 俺の話をするのが幸せなのか、そこだけはニコニコとして答えてくるオトヒメ。その笑顔はまぶしいほどに可愛い。だけど、俺は背中に一筋の汗が流れるのを感じた。

 そうだった。オトヒメはあの空気読まねえカツオとタイの娘なのだ。そしてドがつくほどの正直者で、話をごまかすといった高度な会話術が使えない。

 俺が何かを予感してサッと両手を耳に当てる。すると、それと同時に大内先輩が俺の胸倉をつかんでがくがくと揺さぶってきた。


「ちょっ光秀!お前、もしかしてオトヒメちゃんと同棲してるの!?なんだよお洗濯とお掃除って。おまえら結婚でもしてるの!?」

「アーアー聞こえないー俺は何も聞こえないし答えないー」

「クソッてめえ光秀、この手はずせ!なんだよ!ほんとうになんでいつの間に、そんなリア充的状況になってんだよ!お前は絶対に奥手だと思ってたのに俺よりはるか先に進んでるなんてずるいじゃねえか!許せねえ!」

「やけに勇魚君にからむなーと思ってたらそういう理由なんだ、大内君。ちっさいなー」


 うんうんと門倉先輩が頷き、隣で斉藤先輩が「あはは……」と乾いた笑いをこぼす。そして名取は俺の隣でやはりブツブツと呟き、ぼろぼろに解体した玉ねぎをもそもそ食べていた。

 肉は美味しいけど質問攻めは辛い。はやく開放されたいなぁと遠い目をしながら、大内先輩の非難をやりすごし、ひたすら肉を食う作業に集中する。

 俺の焼肉はタンに始まりタンに終わるのだ。だからひたすら、無心で肉を貪った。



 ようやく俺とオトヒメが開放されたのは夕方近くの頃。まだ空は青く、海が茜色になるには少し早い時間。大内先輩たちは日帰りだったらしく、皆適当に車に乗り合わせて帰っていった。

 俺達は宿泊つきだからもう少し遅い時間までビーチにいられる。昼間にはたくさんの人がいた浜辺も今はまばらで、俺とオトヒメはこっそりと人目のつかない岩場まで移動した。

 軽く準備体操をした後、ざぷんと音を立てて海の中に入る。今日ビーチに来て初めての海水浴。海水の冷たさが散々日に照らされた肌に気持ちよく、足ヒレをつけた足で軽く水中を蹴り、泳ぎだす。

 もう少し沖に行けばオトヒメがいるはずだ。シュノーケルを口にくわえてゴーグルを嵌めると、彼女の姿を探すように海の中を眺めながら泳ぐ。

 するとほどなく、俺の手にそっとやわらかいものが触れてきた。


 隣を見れば、足部分が朱色の尾ひれになった人魚姿のオトヒメ。彼女は俺の手に触れてきて、海の中でにっこりと微笑む。


「オトヒメ」


 言葉にならない言葉を海中で発し、彼女に笑いかける。海の中にいるオトヒメは地上にいる時よりもずっと美しく、そして生き生きとしていた。

 俺の手を引いてオトヒメが朱色の尾ひれをくゆらせる。ふわりと、まるでフリルのように舞うそれは赤いドレスみたいで。だが、それに比べて俺の姿はずいぶんと不恰好なものに思えた。

 偽りの足ヒレに、ゴーグル。そしてシュノーケル。スキューバーダイビングなどをするなら、重い酸素ボンベも必要になる。そう、人間は……海の中では生きていけない。

 オトヒメは海の中でも不思議と息ができるようだった。彼女はそんなわずらわしいものを何ひとつ身につけていなくて、朱色の尾ひれに、俺とデパートで購入したオレンジのビキニ姿。

 シュノーケルを通して息を吸い込み、クッと息を止める。そして潜水をするようにオトヒメの手を握って海中にもぐると、彼女も同じスピードでついてきた。

 思ったとおり、沖に出れば人はいなくて。俺達はつかの間の逢瀬を楽しむように手を絡ませ、海の中を泳ぎ、ダンスをするようにクルリと回りあう。

 しかし、やはり息が続かない。限界を感じてオトヒメの手を離し、海面に向かって足ヒレを動かす。ザパンと水しぶきの音がして、俺は海の沖で顔を出した。


「はぁっ…はぁ……あー、息が続かねえ。20秒って所かなぁ」

「ふふ、光秀様はご自分でおっしゃる通り泳ぎが堪能ですのね」


 俺から少し遅れてオトヒメが海面から現れる。少し太陽が落ち気味の空色の中、オトヒメの金の髪から滴り落ちる水滴がまるで宝石のようにきらきらと輝いていた。


「オトヒメには負けるよ。ほんと、おまえは海で生まれたんだなって再認識しちまう。言葉の通り、水を得た魚みたいに泳ぐんだな」

「はい。海はやっぱり楽しいですの。宙を泳ぐよりずっと自由で、好きなように動けますの。それに、海水の匂いや海の生き物を見ていると、とてもホッとしますの」

「そうだよな。おまえにとっての故郷みたいなものなんだから。ここは」


 海中で腕や足をあわただしく動かして体を浮かせる俺とは違い、オトヒメは酷く静かに海面を浮いていた。時折ふわふわと尾ひれが動かされるだけで、彼女にとって海は本当に危険ではなく命をうばうものではないのだと思わせる。

 だが、そんなオトヒメから美しいフリルのような朱い尾ひれを奪い、偽りの足を作らせ、彼女にとって少し生きづらい世界に連れて行ったのは――まごうことなく、俺自身で。

 時々その事実が怖くなる。責任に押しつぶされそうになってしまう。

 いつか、そう。オトヒメが口にしたように。


 俺達は今、罪を犯しているのだろうか、と。


 俯く俺の表情から何かを読み取ったのだろうか。オトヒメがそっと俺の手を掴んできた。戸惑うように顔を上げれば、オトヒメは穏やかに微笑んでいて俺のもう片方の手も取り、両手を繋ぎあう。

 すると不思議と、足ヒレをばたつかせなくても海面を浮くことができた。まるで俺も人魚になったみたいに、海の中で静かに浮き上がる。


「光秀様。オトヒメは何ひとつ、後悔していませんの」

「オトヒメ……」

「光秀様が私を選んでくださったように、私も最初から光秀様を選んでいましたの。ドキドキした気持ちから始まった恋ですけれど、光秀様と日々を過ごすうちに、貴方様の人柄や私を心配する表情、屈託のない笑顔、すべてが大好きになってしまって、離れると思うととても辛くて仕方ありませんでしたの」


 長い金髪から滴る海水がまたひとつ、宝石のようなきらめきを放ちながら彼女の頬を伝う。そんなオトヒメの表情はとても穏やかで、そして優しい笑顔だった。


「本当は人間の女性を選ぶ方が正解なんだって、私もわかっていますの。光秀様が私を選んでとても苦労なさっていること、オトヒメはわかっていますの。それでも……」


 少し俯き、祈るように俺の両手を彼女の両手が包み込む。日は少しずつ、しかし確実に落ちてきていて、薄い茜色に照らされた金髪が鮮やかなオレンジに染まる。


「それでも私は、光秀様のお傍にいたいですの。そのための苦労は苦労じゃありませんの。だから、光秀様……そんな悲しそうな顔をしないで欲しいですの。その表情が私を想うものなら、笑っていてほしいですの」

「オトヒメ……そうだな」


 彼女に包まれた両手を強く握り、とろけるような黒い瞳に笑みを見せるとオトヒメも穏やかに笑った。

 そうだ、俺達は選んだ。種族は違っていても愛し合うことを選んだのだ。それなら、後悔なんてしてはいけない。それよりも、これからをずっと幸せに過ごせるように努力をしなければ。


「うん。その水着、すごく似合ってる。オトヒメは明るい色が似合うな」

「はい!ありがとうですの!光秀様に褒められると、すごくすごく、嬉しいですの」


 本当に――。

 オトヒメはこんな俺のどこに惚れたのだろう。俺の笑顔は至って普通のものだろうし、心配症は当たっているかもしれないが、人柄もそう良いわけでもないと思う。

 相貌にしても体つきにしても平凡の粋を超えない。美人で気立ての良いオトヒメと比べ、俺は魅力度で計るなら大分と劣っている。

 ……だけど、そんな俺でも大好きだとオトヒメが言ってくれるなら。


 今よりもいい男を目指したい。彼女にもっと夢中になってもらえるように、ずっと好きだと言ってもらえるように。そして、いつかは。

 未来への強いこころざし。胸に刻んで、オトヒメを見つめる。


 彼女はきらきらと輝く黒い瞳で俺を見つめ返し、ふいに瞳を閉じた。

 それが俺を欲している証だと判って、たまらなく嬉しくなる。


 いつまでも、いつまでも幸せでいられますようにと願いを込め、俺はオトヒメの柔らかな珊瑚色の唇に自分の唇を重ねた。



Fin

桔梗楓です。この度は本作を読んで頂き、まことにありがとうございます。

釣り上げられた人魚姫は本編、番外編を含め、これにて完結となります。ここまで光秀とオトヒメにつきあって下さり、ありがごとうございました。


モチーフは題名の通りの人魚姫と、あとは浦島太郎がちょろっと。

浦島太郎っていろんな説がありますよね。一応番外編に出た話は私自身が考えた浦島太郎の解釈になります。

過去の彼らは幸せになれませんでしたが、現代の浦島太郎君は幸せになれるといいなと思います。


それでは、また別の物語で出会えたら光栄です。

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