15話 シアとケンタウロス
ネメイアを仲間にしてから1ヶ月が経った。
その間に王国側に特に目立った動きは無かったのだが、元魔王軍に怪しい動きがあった。
俺が魔王を倒した後に、その残党が拠点を移して結成したのが元魔王軍だ。
厄介な事に、倒し損ねていた魔王軍の幹部がそれをまとめているため魔王という象徴がいないにも関わらず統制が取れている。
俺の最終目標のためには、この元魔王軍と王国が戦争になるのも避けなければならない。
恐らく王国は勇者育成に力を注いでいるのだろうが、勇者に関する情報を隠蔽しすぎているような気がする。
何せ王国の民達ですら、勇者が召喚された事を知らないのだから。
まぁ、ろくでもない事を考えているのは間違いないだろう。
元魔王軍の動きだが、どうやら次代の魔王を決めようとしているようだ。
選出方法は単純明快で、希望者を募りその中で最も強い者が次代の魔王として認定される。
無論死者も大勢出るトーナメント方式なため、全体的に見れば戦力ダウンに繋がる場合も多いが。
だがそれ以上に、魔王として認められたものには魔王補正とでも言うべき力が加算されるため、個人としての戦力は大幅に増強される。
一長一短ではあるが、力こそを至上とする魔族や人外にとっては全体の戦力低下という短所は問題にならないようだ。
次代の魔王次第では、もう一度倒す必要があるだろう。
と、いうことで。
「シア、次代の魔王誕生の瞬間を見に行かないか?」
「いきなりじゃな。行っても良いがそもそもワシ等はヤツらに取って不倶戴天の敵ではないかの?」
「変装すれば大丈夫だろう。そもそもあいつ等全身ローブのヤツとか、常時仮面つけてるヤツとか珍しくないからな」
「ふむ、確かに今後の事を考えると見ておくべきであろうな。留守の際の守りもあの鬼がいればどうとでもなるだろうしの」
最初からシアと2人だけで出かけることに決めていたため、他の者には説明して今回は遠慮してもらった。
着いて来るとうるさかったスリャとメリザンドには、例の結界内で動けなくなるまで頑張った後で寝室に放り込んで寝かせてある。
シュカクには酒、アラマユとパメラさんにはハチミツとごにょごにょ、ホロウには高級髪用油、ネメイアには肉、メイドアント達には食器セットなどのお土産を約束している。
ちなみにコボルト達は、畑の開墾作業のため城壁の外に行っているため留守だった。
まぁ、何か旨い物を買ってくれば良いだろう。
馬型ゴーレムに荷物を積み、馬車を用意すると、俺とシアは一路元魔王軍本拠地『サレム』へと向かった。
勿論道中はずっとシアとイチャつく予定だ。
周りに人目がないと解ると、普段は出来ないようなこともしてみたくなるものである。
何せシアと2人きりの旅行・・・もとい、偵察など数年ぶりだ。
とりあえず、食事はお互いに食べさせあう事に決定している。
口移しも良いのだろうが、あれは実際にやってみると意外とグロかったりする&そういう気分になってしまうので、そのままディープなキスか行為に及ぶとき以外にはやらないようにしている。
「あーん」
「う、うう。これは予想以上に恥ずかしいのぅ・・・」
「良いじゃないか、いつもは皆がいてこんな事出来ないわけだしな。思いっきり恥ずかしい事しても知ってるのは俺達だけなんだぞ?楽しまなきゃ損だ」
「じゃ、じゃが、恥ずかしい事に変わりは無いわ!それに卑怯じゃ!ナオエばかり食わせるほうばかりやりおって!」
「シアが恥ずかしがってあーんって言わないからだろう。それに、その手でスプーンやナイフを持つのは大変じゃないか?」
そう言われ、ヒレ状の手と4本の指を見るシア。
何かを掴む事はできるが、スプーンなどの細い柄を器用に操るのはその形状では難しい。
「ぐぬぬ」
「と言うわけで、観念するのだ。ほら、あーん」
「うぅぅ・・・あ、あーん」
今までのやり取りですっかり冷めてしまったスープをシアの口へ運ぶ。
白と黒に染まったその顔が朱に染まる様は何とも言えず興奮する。
とは言っても、性的なものではなくもう少し甘酸っぱい何かだが。
楽しい楽しい食事を終え、馬車に乗り込む。
今進んでいるのは、左右を深い森に囲まれた一本道だ。
この森を抜ければ目的地であるサレムが見えてくる。
近づいてくる魔物は魔力による威圧で追い払い、または食料として利用させてもらいながら更に2日ほどゆっくりと移動していると、前方が何やら騒がしい。
サレムの街まではあと2.3日かかる予定であるため、検問などもまだ先のはずだが。
「のう、ナオエ。何か聞こえるが?」
「ん~、少しまずいか?シア、急ぐぞ」
「む、何じゃ喧嘩か?」
目を輝かせながら聞いてくるシア。
ここしばらくは馬車での移動のみだったため、身体を動かす機会が無かった。
そのため、久しぶりの運動ができると期待しているようだ。
俺は道具袋の中から仮面を取り出すと、それを装着する。
念のために変装だけはしておく。
「誰かが襲われているようだ。シア、頼む」
「任せろ!」
シアが『限定領域召喚』を使い、俺を巻き込む形で発動させる。
シアと手を繋ぎ高速移動で現場まで移動する、下手に走るより断然早い上にスタミナも使わないため、短距離の高速移動には最適だ。
高速で流れていく景色の中、前方に人?影が見えた。
カマキリのような魔物が10匹以上と、人型の蜂・・・恐らく魔族が1人。
それに相対するようにいるのは馬に乗った騎士?いや、ケンタウロスか!
近づくにつれ状況が見えてくる。
どうやらケンタウロスが魔族とその手下に襲われているようだ。
ケンタウロスはその重装鎧を血に染めているが、どうやらその血は足元に倒れているカマキリの返り血らしい。
本人の動きが機敏な事と、その手に持つランスに血がべっとりと付着している事からも明らかだ。
ザッと見た限りでは、ケンタウロスのほうがカマキリより数段強いようだがさすがに多勢に無勢だ。
カマキリの後方に控えている魔族も見ただけで分かるほどの大きな魔力を持っている。
単体の強さではケンタウロス、総合で見れば魔族側が有利だろう。
「どちらに加勢するのかの?」
「ケンタウロスだ!」
あの蜂型の魔族は確か女王蜂に仕える兵隊タイプの魔族だったはずだ。
役割は餌の調達。
だとすれば、あのケンタウロスは襲われている被害者と言う事になる。
それにあのケンタウロス・・・頭から人間部分の上半身に、馬型の下半身の要所を重装鎧で覆っているため顔も性別も解らないが、これだけは分かる。
ネメイアクラスの強者だ!
恩を売ってそれをネタに雇う事が出来れば、更に戦力増強になる。
雇うのに失敗しても強者に渡りを付けられると思えば助ける理由には十分だ。
「何かナオエから良くない気配を感じるのじゃが」
「気のせいだ、シア、蜂とカマキリどっちとやりたい?」
「無論強いほうじゃ」
「じゃあ、奥の蜂型のほうを頼む。俺がカマキリをやる。・・・嬲る癖は無しだぞ。あいつ等痛みに対して鈍いから少々のダメージじゃ意味が無いしな」
「ふん、瞬殺すれば良いのじゃろ?任せておけ」
シアはそのままケンタウロスとカマキリ達の間に俺を放り投げると、自らは蜂に向かって一直線に飛んでいった。
ものすごい勢いで投げられた俺は、一度顔面でバウンドしてからスチャっと着地する。
仮面に触れると、幸いな事に割れてはいなかった。
何となくケンタウロスが引いているような気がするが、今は救助が優先だ。
「大丈夫か?助けに来た」
「そちらこそ大丈夫かい?頭から落ちたみたいだけど」
ん?
フルフェイスのために声がくぐもり言葉使いも男のようだが、その声は紛れも無く女性のものだった。
「ああ、頑丈なんでな。とりあえずこいつ等を片付けてしまおうか?」
「そうしてくれるならありがたい。さすがに1人では持て余していた所でね」
突然の乱入者に慌てることも無く周囲を取り囲んできたカマキリを見ると、わずかに怯えの気配だけがした。
昆虫型だけあって、表情はさすがに動かないようだ。
そのカマキリ達が何故怯えているかと言えば、少し離れたところで蜂型の魔族を引きちぎったり噛み砕いたりしているシャチ娘に対してだろうが。
本当に瞬殺している・・・あれは俺でも怖い。
とりあえず、こっちも早く終わらせようかね。
「炎悪魔のやじり~」
俺の頭上に炎で出来た槍が浮かび、それをカマキリの頭にロックオンして放つとそれがカマキリの頭を焼き砕いていく。
同じように氷薔薇のトゲ、雷石のやじりを作っては放つを繰り返すと、そこには頭を無くしたカマキリの残骸のみが残されていた。
「つ、強いんだな、キミは。自分なんて3体倒すのに10分以上かかったって言うのに」
「まぁ、それなりにはな。・・・シア、せめて口元くらいは拭いてくれ」
遊び終わった子供みたいな顔をして歩いてくるシアの口元をタオルを取り出して拭う。
さすがに緑色の血を口元から滴らせているのは勘弁してもらいたい。
むずがる子供みたいにイヤイヤをして拭かれるのを嫌がるシアの頭を固定し、無理矢理拭き取る。
その様子をケンタウロスがジッと見ているのが気になるが、まずはシアを優先する。
シアは基本的に水分を取られるという行為が嫌いらしい。
水浴びの後など、濡れたまま家に入ろうとするのが難点だ。
「ふふ、仲が良いのだね」
「ああ、すまないな。こんな所を見せてしまって。俺はナオエ」
「ワシの名はシアじゃ」
「自分はケンタウロスのオーゼという者だ。救援に感謝するよ」
そう言いつつフルフェイスを取ったオーゼの素顔は、感心するほどの美形だった。
中性的で整った顔立ちは、見る側が男なら女に、女なら男に見える絶妙な配置をしている。
肩口までのショートボブの黒髪は、眉の上で横一直線に切り揃えられている。
姫カットと言われるアレだ。
ケンタウロスという種族としては小さめな身体だが、全身を金属鎧で覆っていることもあり正しく重騎馬と言った威容を醸し出している。
思わず本名を名乗ってしまったが、俺が元勇者だとは気づいていないようだ。
まぁ、いくら有名でも敵側の名前を知っている者は少ないだろう。
特に人外はその種族ごとの交流しか無いため、情報伝達手段などほぼ無いしな。
「ところで、何故襲われていたんだ?このあたりは元魔王軍の幹部とやらが統治していて、それなりに治安が良いと聞いているが」
「ああ、それは私が魔王決定戦に出場するからだろうね。大会が始まってしまえば純粋な1体1になってしまう。その前に有力な候補を潰しておこうとする輩がゾクゾクと現れるという事だね」
「つまり、おぬしはその優勝候補だったりするのかの?」
「ふふ、それなりに実力はあると自負しているが優勝は無理だと思う。自分の実力は把握しているつもりなのでね」
またも目がキラキラし始めたシアを軽く流すオーゼ。
あの短いやり取りでシアの性格を把握したらしい。
「優勝が無理と分かっているのに出場するのかの?何のためにじゃ?勝てぬのなら出る意味なぞあるまいに」
「自分の目的には優勝するのが一番だろうけどね、それ以外にも目的があるのだよ」
「目的?なんじゃそれは?」
「すまないね。助けてもらったとは言え初対面の貴方達に言うのは少し迷う所だ」
むぅと唸るシアの頭をポンポンと叩くと、オーゼに向き直る。
「それもそうだな。不躾だった。まぁ、俺達も魔王決定戦を見に来ただけだから、何かあれば言ってくれ。可能な範囲なら手助けできると思う」
「おや?先程の強さを見るに出場者かと思ったのだが、観客のほうだったのかい?」
「ああ、次代の魔王を見ておこうと思ってな」
「次代の魔王を・・・かい?」
「気晴らしの旅行も兼ねてる。サレムでゆっくりするつもりだよ」
その後オーゼと簡単な挨拶を交わし、今回の手助けの礼はサレムで落ち着いてからという約束をして俺達は別れた。
オーゼはサレムに行く前に寄るところがあると言っていたためだ。
俺達はそのまま馬車でサレムを目指す。
勿論、シアとは道中ずっとイチャついていた。
布ハメ、ダメ!絶対!




