1.復讐の始まり
魂の総数は、いつも変わらない。
夏休みのショッピングモールに隣接する公園で、俺、三上流希は家族と一緒に買い物に来ていた。公園に置かれた電子時計を見ると10時過ぎで、その下に出ている数字は30兆、略、3。意識をしなくても目に入る。
じりつく太陽に焼かれ、空いている手で額に滲む汗をぬぐう。カラリとした暑さだが、背中にも汗をかいていて、Tシャツがひっついていた。紙袋を持つ手を持ち替えたとき、女子高生たちのダルそうな会話が入ってくる。
「あ~暇すぎ、異世界行きた~い」
「ほんとそれ。トラック突っ込んでくればいいのに」
「なにそれ古っ」
3人の女子高生たちが笑いながら、ソフトクリーム片手に雑談していた。涼し気で目を向けてしまう。“異世界自殺”、同時に女子高生たちの背後にあったサイネージに流れるニュースが目に入った。
トラック転生か。理論的には不可能じゃないんだよな……。異世界かぁ。行ってみたいけど、自殺は嫌だしなぁ
ぼんやりとサイネージに流れる文字を眺めていると、前を行く妹が立ち止まった。
「しゅり、アイスがたべたい! 白いの!」
俺でも食べたくなったのだから、5歳の朱璃はもっと欲望に忠実だ。両親の足も止まる。
「じゃあ休もっか。流希、ちょっとアイス買って来てくれる? バニラといちごね。お母さんたちはここで荷物を見てるから」
「父さんはチョコな」
「はーい」
母親たちが腰を下ろしたベンチに買い物袋を下ろしてから、公園の反対側にあるアイスを売っているキッチンカーに向かう。噴水の横を通り過ぎれば、吹き出しているミストが肌に心地よい。
キッチンカーの前には2人並んでいる。何味にしようかと看板に書かれたメニューに顔を向ければ、ザマー魂観測システムの文字。
ここにもザマーかぁ
魂の計測を可能にしたのが、ザマー魂観測システムで、いまや世界規模の大企業となっている。観測システム最大の功績が、2116年の魂消失発見だ。異世界に飛んでいったというのが定説で、「そうだ、異世界に行こう」が流行語になり、トラックに飛び込む異世界自殺が社会問題になっている。
文字に引きずられて、覚えた知識が浮かんでくる。来週は模試だ。少し気分が沈んだところで順番が来た。結局決められていなかったので、慌てて前の人が頼んだ抹茶味にする。
腕時計型端末で支払おうと手を伸ばせば、一瞬視界に入った文字盤に4の数字。
4?
ひっかかったが、考える間もなく支払いが終わり、俺の手に家族4人分のソフトクリームが手渡された。それを持って足早に公園を横切る。
その時、視界の隅に異質なものが映った。視線が勝手に引き寄せられ、顔を向けたのと声が飛んできたのがほぼ同時。
「今は何年だ!」
男が少年の腕を掴んで大声を上げる。一瞬公園内が静まりかえり、すぐにざわざわと囁き声が広がった。
「ちょっ、何あれ。今日なんかのショーあったっけ」
「わかんないけど、動画撮ろ~」
なんだあいつ。絶対やばいやつじゃん。近づかないようにしよ
何がおかしいって、ファンタジー世界から出てきたような服なのと、前が赤黒く汚れている。胸の部分には鳥と蛇が合わさったような独特な紋章があり、コスプレ感がすごい。何より雰囲気が異質だった。噴水を回り込んでベンチで座っている家族の元に向かう。両親もこの騒ぎに気付いたようで、不審な視線を送っていた。妹はポカンと口を開けている。
「2120……」
「に、にせんひゃく? にじゅう!?」
噴水の向こうで少年が答えきらないうちに、引きつった男の声が被さった。
もしかしてドッキリかな。どっかにミニカメラとドローンあったりして。おっと、溶ける溶ける
ソフトクリームの先が垂れてきて、自分のアイスに上からかぶりつけば、抹茶の苦みが口に広がる。顔を上げれば妹がベンチから飛び降りた。
「おにいちゃん! アイスはやく!」
「朱璃、おとなしく待って」
待ちきれないと妹が跳ね、着地する瞬間。
膨らんで、真っ赤になった。
「――えっ?」
一拍遅れて、悲鳴、絶叫。妹がいた場所に赤い水たまり。両親の服は赤い。さっきの男のように。
断片的な情報と言葉が通り過ぎる頭に、その声はひどく残った。
「許せない。……勇者として、一人で戦って、救おうとしたのに……。みゆ……ななこ……。あいつらも、あの国も、全員許さない……復讐してやる!」
低く、おどろおどろしい怨嗟の声。空白の後、音が一気に押し寄せた。甲高い叫び声に、逃げ惑う人たちの足音。発砲音。
朱璃……?
人々が逃げ惑う中で、両親は赤い水たまりをかき集めるように手を動かし、泣き叫んでいた。俺にはそれが、不自然なくらいゆっくりと見えていて、手からソフトクリームが落ちた。
「うっ、うわぁぁぁぁぁっ!」
喉が痛いほど叫んでいるのに、自分の声ではないような遠い感覚。空気をかくように、無意味に手を動かして家族の元へ駆ける。次の瞬間、右手前を走っていた人が燃えた。断末魔に助けを求める手。俺は、左足を出す。
背に熱風を受け、つんのめる。何とか踏みとどまり、足を出す。右、左。何かが後ろから飛んできて、木にぶつかった。巨大な氷の塊で、少年の上半身が出ている。俺は涙を浮かべ、バランスを崩したまま足を動かす。右、左、右。
「お母さん、お父さん!」
「流希!」
「逃げろ!」
二人こそ逃げてと言いたくても、呼吸が乱れてむせ返る。あと一メートル。手を伸ばした。
「伏せろ!」
必死の形相の父に地面に引き倒された。直後、後頭部を風が通り過ぎる。何かが飛んでいったのか、衝撃音と逆風で砂埃が上がり、生ぬるい液体が頬にかかる。どうしようもなく鉄臭くて、吐き気がこみ上げる。涙があふれ、視界がゆがむ。
お父さん、お母さっ
倒れたまま腕で涙をぬぐい、目を開けば母と目があった。母の顔は恐怖に歪んでいて、目を限界まで見開いていた。母の上半身が横たわっている。その向こうで、下半身がまだ座っていた。
お母さん?
一拍遅れて、母の体に父が倒れこむ。その背に氷が刺さっていた。突然右足に激痛が走る。
痛い!? 痛い痛い痛い痛い! なに、がっ
顔だけ向ければ、そこに右足はなかった。俺の血が、母と、父と、妹に混ざっていく。足の先。公園だった場所は、地獄だった。人が燃えている。誰も人の形をしていなかった。中心にいるあの男以外は……。そいつは両手で顔を覆い、立ち尽くしている。
なんだこれ! なにが、どうなってんだよ!
何も分からない。だけど、直感的にあいつのせいだと分かった。
呼吸が荒い。足の痛みが意識を奪おうとしている。それでも立ち上がろうと、地面に爪を立てた。振動を探知した腕時計の液晶が光る。
俺の文字盤は魂の総数。30兆、略――4。
――4? そんな! 嘘だろ!?
魂の総数が減ったことはあっても、増えたことはなかった。だが、思考は背に溶岩を流し込まれたような熱に掻き消される。
「ぎゃあぁぁぁ!」
体が引き裂かれるような痛みに絶叫する。
あの男、あの男のせいだ! あいつがっ!
もう起き上がられない。顔だけ男に向け、かすむ視界にギリギリまで男を留めようとする。男の顔は分からない。ただ黒い髪。
「失敗だ……魂量も術構築も足りなかった。引き戻される」
男が周りの地獄に目をやることはない。無機質な声音がただただ異質だった。
「なにが、勇者だ……」
勇者……?
わずかでも近づこうと、右手を伸ばす。次の瞬間、男が消えた。
あいつ、どこに……まさか、あれがっ!?
右手を引き寄せ、液晶画面に浮かんだ数字は、3。
――あれが、異世界転移? そんなの、ありかよ
奥歯を噛み締めた。瞼が降りる。――無。喧騒が聞こえない。
俺、これで、死ぬのか……? 嫌、だ。 ……なにも、できず
目は開けない。こめかみに、冷たさ。胸の奥で激情が蠢く。
絶対に復讐してやる。……異世界だ。必ず、なんとしても、異世界に行ってやる!




