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9/19

一月

 王国が新年を迎えました。

 民は新しい年を祝い喜び、気持ちを新たにこれからの一年に向けて英気を養いました。王都でも盛大な祝賀祭が催され、街はいつも以上に賑やかになりました。


 そんなお祭り騒ぎがひと段落ついた頃、西の離宮のテラスの端に、王様と床屋の姿がありました。床屋はふわふわいい匂いのタオルで、丁寧に王様の濡れた髪を拭いていました。


「王様、寒くはございませんか? やはり室内の方がよろしかったのではありませんか?」


 洗い髪が王様の耳をわずかに濡らし、王様はぴぴっと耳を震わせて、光る雫を払いました。


「いや何、これくらいでちょうどいい。先程から暑くて仕方ないのだ」

「しかし、この季節ですし……」

「そう、なのだが」


 そう、なのですが。


 いつもは髪をいじられるだけでした。触れるか触れないかの距離にしか、その熱はありませんでした。

 けれど今日は、洗髪を頼んだ今日は、その優しい指が直接王様に触れています。床屋のしなやかな指先を直接感じるたび、王様は耳の先まで、ぽかぽか熱くなってしまうのです。


 と、ふいに床屋が、唐突に話題を振ってきました。


「王様。ご結婚のお申し込みが殺到しているとのこと、まことにおめでとうございます」

「なっ、違……! その話なら断った!」


 王様が慌てて否定すると、床屋は涼しい顔で微笑みました。


「左様でございますか?」

「ああ。……もう城下町まで噂話が広まっているのか。全く」


 王様は浮き上がりかけた腰を再びずるずると椅子に落とすと、ふーっと大きくため息をつきました。


「どれもこれも、あからさまな政略結婚だ! どこの王家も、新年を迎えて先王の喪が明けた途端にこれだ。まったく……」


 ぶちぶちと唇を尖らせる王様がいつになく子供らしくて、床屋はくすりと声を立てました。


「しかし北の国の姫君といえば、美しくお優しく聡明なお方だと聞き及んでおります。東の国の姫君と婚姻を結べば、我が国はたいへん強固になります。いずれのご縁談も素晴らしいものばかりです。一体、何のご不満があるのでしょう?」


 どきん、と王様の胸が弾けました。

 目の前のこの男には、本当に――本当にその理由が、わかっていないというのでしょうか?


 王様はへたりと耳を垂れ下げると、視線を落として呟きました。


「不満など無い、ただ……この耳の、呪いが解けるまでは……」

「そのお耳ごと愛してくれない相手など、断っておやりなさい」


 きっぱりとした床屋の言葉に、王様は目を丸くしました。そうしてぷっと吹き出すと、やわらかくその瞳を揺るがせました。


「……ははっ、なんだ、やっぱり断るのではないか」

「あ、そうですね。はははは」


 そうして二人で笑っていましたが、王様は勇気を振り絞ると、努めてそ知らぬ顔をして、ひとつ床屋に尋ねました。


「そ、そういう床屋こそどうなのだ。恋人の一人や二人、いるのではないか……?」

「野原に穴を掘って叫びたくなるほどお慕いしている方は、一人しかおりません」

「そ、そうか……」

「はい。ところで王様、あまりお耳をぴくぴくさせないでいただけますか? お髪が切りにくうございます」

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