第43話 拒否
「逃げるなら、今です」
充の言葉が、まだ残っている。
誰も動かなかった。
動けなかった、の方が近い。
理央が画面を見続けている。
・進行率:12%
変わらない。
だが。
「……更新されてます」
「何が」
黒川。
理央が拡大する。
・処理対象:推進系統(部分)
・状態:最適化中
充の顔がわずかに固まる。
「推進、触られてます」
「触られてる、じゃない」
黒川が言う。
「処理されてる」
言い方が違うだけで、意味は同じだ。
氷室が壁を叩く。
コン、と鈍い音。
「反応、遅いですね」
「遅い?」
棚橋。
「叩いたあと、返ってくる」
氷室は言う。
「50秒後に」
全員が止まる。
0.02Hz。
理央が即座にログを見る。
「外壁応答、遅延一致」
「やっぱり来てますね」
航田。
黒川が言う。
「確認する」
短い。
「拒否できるか」
空気が変わる。
充がすぐ動く。
「電源、切ります」
理央が止める。
「待って」
「切ると暴れます」
既に経験している。
オシナオスン。
「でもこれは」
充が言う。
「船です」
正しい。
黒川が頷く。
「段階的にやる」
「供給、0.00025から下げる」
数値が落ちる。
0.00020。
0.00015。
その瞬間。
揺れが変わる。
0.02Hz。
崩れる。
0.03。
0.05。
乱れる。
のどかが声を上げる。
「心拍、ばらけます!」
理央。
「外部構造、位相ズレ」
壁が、わずかに軋む。
音はない。
だが。
圧が変わる。
氷室が言う。
「やめた方がいい」
現場の声。
黒川が言う。
「戻せ」
充が即座に戻す。
0.00025%。
数秒。
揺れが戻る。
0.02Hz。
五十秒。
全員の呼吸が揃う。
「……拒否できない」
理央が言う。
航田が小さく言う。
「拒否っていうか」
「許されてない」
主語はない。
でも。
意味ははっきりしている。
棚橋がぽつりと言う。
「勝手に入ってきたから」
誰も否定しない。
黒川が言う。
「じゃあ」
全員を見る。
「どうする」
答えはない。
理央が画面を見る。
・進行率:13%
上がっている。
「止めても進む」
充が言う。
「止めると乱れるだけで、止まらない」
氷室が壁に手を当てる。
冷たい。
でも。
わずかに脈打つ。
「これ」
氷室が言う。
「設備ですね」
全員が見る。
「止める前提じゃない」
黒川が頷く。
「運転中だ」
理央が小さく言う。
「数千年単位で」
沈黙。
航田が前を見る。
進路はない。
方向もない。
ただ。
内部にいる。
棚橋が言う。
「これさ」
「虫入ったみたいなもんじゃないですか」
誰も笑わない。
理央の画面。
新しい行。
・異物判定:実行中
のどかが息を呑む。
心拍が一瞬、揃う。
0.02Hz。
完全一致。
黒川が言う。
「いい」
短く。
「分かった」
何がかは言わない。
だが。
方向は決まる。
「逃げる準備をする」
遅いかもしれない。
でも。
やるしかない。
理央の画面。
・進行率:14%
ゆっくり。
確実に。
何かが進んでいる。
止まらないまま。




