第34話 整う
リングの光は、止まった。
ほんの一瞬。
宇宙では一瞬でも長い。
氷室の手は、動いていない。
破片は、まだ窪みに触れたままだ。
「……今」
氷室が言う。
「止まりました」
理央がログを見る。
「周期信号、消失」
船内が静かになる。
0.02Hz。
あの呼吸が。
消えた。
棚橋が言う。
「壊しました?」
誰も答えない。
理央の指が走る。
ログが更新される。
エネルギー流束。
振動波形。
構造応答。
数秒。
それから理央が言う。
「違います」
声が少し変わる。
「同期しています」
黒川が聞く。
「どういう意味です」
理央が画面を拡大する。
波形。
完全な正弦波。
「0.02Hz」
少し間。
「誤差ゼロ」
リングの光が、再び流れ始める。
だが、さっきとは違う。
乱れがない。
遅れもない。
完全に均一。
50秒。
呼吸。
氷室が言う。
「入ります」
破片を押し込む。
カチンという音はない。
ネジもない。
ただ。
材料が吸い込むように。
欠片が、リングの一部になる。
境界が消える。
継ぎ目が消える。
元からそこにあったみたいに。
その瞬間だった。
船が、わずかに揺れる。
航田が言う。
「姿勢変化」
理央が言う。
「重力偏差、再計算」
充が画面を見る。
推進ノズル二番。
推力低下 35%。
数字が変わる。
30。
20。
10。
そして。
0。
充が息を吐く。
「接続、切れました」
氷室が内部を見る。
リング装置。
光は滑らかに流れている。
さっきまでのぎこちなさがない。
完全な周期。
巨大な機械が。
やっと。
呼吸を整えたように。
氷室が言う。
「調子良さそうですね」
理央の画面に、新しいログが出る。
巨大構造体の振動。
0.02Hz。
完全同期。
そして。
もう一つ。
長い波形。
周期。
約180秒。
理央が言う。
「第二周期、出ました」
黒川が聞く。
「何です」
理央は答えない。
まだ計算している。
航田が窓の外を見る。
黒い壁。
さっきまで静かだった。
だが。
遠く。
構造体の奥。
巨大なリング。
回転している。
ゆっくり。
とてもゆっくり。
氷室が言う。
「黒川さん」
「はい」
「これ」
「再起動してません?」
誰も否定できない。
充が言う。
「エネルギー流束、増えています」
理央が言う。
「ですが安定しています」
航田が言う。
「逃げる必要あります?」
黒川は少しだけ考える。
窓の外。
巨大構造体。
滑らかな壁。
完全に整った周期。
そして言う。
「まだ大丈夫でしょう」
棚橋がリングを見る。
さっきの欠けた場所。
もう分からない。
完全な円。
棚橋が言う。
「部品」
小さく。
「ちゃんと合いましたね」
氷室が笑う。
「純正品だったな」
棚橋は困る。
「拾っただけですよ」
理央が言う。
「周期、拡張しています」
黒川が聞く。
「どういう意味です」
理央が窓の外を見る。
巨大なリング。
その奥。
さらに大きな構造。
ゆっくり動き始めている。
理央が言う。
「この設備」
「一つじゃありません」
宇宙の片隅。
巨大構造体の内部。
人類は今。
レベル2文明の装置を。
一つ、直した。
そしてその瞬間。
装置のさらに奥で。
別の機械が。
ゆっくり。
目を覚まし始めていた。




