第33話 仮説
リング装置は、まだ回っている。
光がゆっくり流れる。
50秒。
呼吸。
だが完全ではない。
わずかに遅れる。
わずかに戻る。
0.0204Hz。
理央が言う。
「周期誤差、継続しています」
氷室が内部から答える。
「見た感じも、調子悪そうです」
リングの一部。
欠けた窪み。
そこだけ流れが乱れる。
巨大設備の中で、ほんの小さな傷だ。
だが、機械ではよくある。
小さな部品が、全体を狂わせる。
棚橋の手のひら。
黒い破片。
米粒サイズ。
それが今、この設備の前で意味を持っている。
理央が言う。
「仮説を整理します」
黒川が頷く。
「やってください」
理央が画面を三つ並べる。
周期ログ。
エネルギー流束。
構造応答。
そして言う。
「仮説一」
「周期が正常化する」
航田が言う。
「0.02Hzに戻る?」
「はい」
理央は頷く。
「現在の周期誤差は、欠損部による可能性」
氷室が言う。
「つまり」
「調整部品」
理央が答える。
「レゾネーター」
充が小さく言う。
「共振調整子」
装置が周期で動くなら、理屈は合う。
わずかなズレを補正する部品。
その欠片が、今、棚橋の手のひらにある。
理央が続ける。
「仮説二」
「接続解除」
充が画面を指す。
推進ノズル二番。
出力の一部が装置へ流れている。
「部品を入れた場合」
充が言う。
「接続が切れる可能性」
航田が言う。
「プラグ抜ける感じ?」
「近いです」
理央が言う。
「装置が正常化すれば、外部電源を必要としない」
氷室が笑う。
「つまり」
「うちの船」
「補助バッテリー扱い」
誰も否定しない。
理央が最後の画面を出す。
巨大な周期波形。
構造体全体の振動。
「仮説三」
少し声が低くなる。
「装置再起動」
航田が言う。
「それ、ヤバいやつ?」
理央は正直に言う。
「分かりません」
氷室が言う。
「止まってた機械が動き出す」
「工場だと、たまにあるな」
棚橋が言う。
「コンベア全部動くやつ」
充が言う。
「スケールが違います」
理央が画面を拡大する。
構造体のサイズ推定。
桁が違う。
「もし装置が完全起動した場合」
理央が言う。
「エネルギー流束は現在の数千倍になる可能性」
誰も喋らない。
氷室がリングを見ながら言う。
「黒川さん」
「はい」
「これ」
少し考える。
「直したらヤバいやつじゃないですか」
宇宙服の通信が静かになる。
船内。
巨大設備。
欠けた部品。
理論は揃っている。
結果は分からない。
黒川は少しだけ考える。
長くはない。
保全の判断は、そんなに長くない。
そして言う。
「分かりません」
正直だ。
少し間。
「でも」
全員が黒川を見る。
黒川が続ける。
「壊れたままよりマシでしょう」
氷室が笑う。
「現場判断ですね」
棚橋が言う。
「在庫、使います?」
黒川が言う。
「使います」
理央が最後の確認をする。
「周期同期、維持」
充が言う。
「推進出力供給、安定」
航田が言う。
「船の姿勢、固定」
のどかが言う。
「生体ログ正常」
氷室がリングの前に立つ。
巨大設備。
欠けた窪み。
棚橋が破片を渡す。
小さい。
信じられないくらい小さい。
氷室が言う。
「じゃあ」
ゆっくり。
「入れます」
破片が窪みに近づく。
リングの光が流れる。
50秒。
呼吸。
その瞬間。
リングの光が。
一瞬だけ止まる。
宇宙の片隅。
人類の船。
巨大文明の設備。
そして。
米粒サイズの部品。
それが今。
装置の中心に触れようとしていた。




