第32話 それいるの
船内は静かだった。
誰も動かない。
理央の画面には、リング装置の窪みが表示されている。
直径、約3センチ。
材質解析。
オシナオスン系材料。
一致率 92%。
完全一致ではない。
だが。
偶然にしては高すぎる。
充が言う。
「ここ」
リングの縁を指す。
「欠けてます」
氷室が内部から言う。
「ええ」
ライトを当てる。
リングの一部だけ、輪が途切れている。
完全な円ではない。
ほんの少し。
歯が欠けたように。
理央が言う。
「周期乱れ、ここで発生しています」
「0.02Hz」
航田が言う。
「少しズレてます」
黒川が聞く。
「どのくらい」
理央が答える。
「平均0.0204Hz」
ほんのわずか。
だが、確かに違う。
充が言う。
「レギュレーターなら」
少し間。
「この部分、調整部です」
氷室が内部装置を見ながら言う。
「つまり」
黒川が続ける。
「部品がない」
沈黙。
宇宙船の中。
巨大文明の設備。
壊れている可能性。
交換部品。
理論は揃っている。
だが。
誰もそんなものを持っていない。
人類の船だ。
宇宙文明の予備部品なんてあるはずがない。
棚橋が小さく息を吐く。
誰も見ていない。
ポケットに手を入れる。
指先に触れる。
小さい。
硬い。
米粒より少し大きい。
黒い欠片。
固定台の下。
落ちていた破片。
「それいるの?」
誰にも聞かれなかった。
だから。
捨てなかった。
棚橋が言う。
「……あの」
全員が振り向く。
珍しい。
棚橋が遠慮している。
「どうしました」
黒川。
棚橋はポケットから手を出す。
掌を開く。
そこにある。
黒い小片。
理央が言う。
「それ」
声が止まる。
充が言う。
「オシナオスン」
棚橋は小さく言う。
「破片です」
「実験のとき」
「落ちてたんで」
少し間。
「……拾いました」
誰も怒らない。
怒る状況でもない。
理央がすぐスキャンをかける。
光が走る。
数秒。
沈黙。
そして。
理央が言う。
「一致率」
少し止まる。
「98.7%」
船内が完全に静かになる。
氷室の声が通信に乗る。
「サイズ」
理央が言う。
「測定中」
回転。
スキャン。
比較。
理央が息を止める。
「一致率」
もう一度。
「94%」
氷室が言う。
「ほぼぴったりだ」
棚橋が慌てる。
「いや、でも」
「たまたまですよ」
「ただの欠片です」
黒川が言う。
「棚橋」
「はい」
「それ」
少し間。
「いるかもしれません」
航田が小さく笑う。
「在庫管理、成功ですね」
棚橋は困る。
褒められると困る。
「いや」
「そんなつもりじゃ」
理央が言う。
「周期応答、完全一致です」
充が言う。
「材料構造も一致」
氷室が内部から言う。
「欠けてるサイズとも一致」
沈黙。
全員の視線が、棚橋の手のひらに集まる。
小さい。
本当に小さい。
宇宙船の中でも小さい。
巨大設備の中では、ほとんど存在しないサイズだ。
だが。
理論上。
これが。
部品。
黒川が静かに言う。
「氷室」
「はい」
「そこに入るか」
氷室はリング装置を見る。
欠けた窪み。
直径、数センチ。
宇宙服の手袋。
慎重に。
指先で測る。
「入ります」
短く。
「ちょうどいい」
のどかが小さく言う。
「本当にやるんですか」
黒川は答える。
「まだ入れません」
全員が見る。
黒川は棚橋の手を見る。
「これは」
「人類が拾った部品です」
宇宙のどこか。
巨大文明の設備。
その調整弁。
そこに。
地球の作業員が拾った欠片。
黒川が言う。
「入れる前に」
短く区切る。
「全部測ります」
氷室が言う。
「正しいですね」
理央が言う。
「周期シミュレーションします」
充が言う。
「出力変化予測します」
航田が言う。
「逃げ道も計算します」
棚橋はまだ手を見ている。
米粒サイズ。
ただの余り物。
そう思っていた。
黒川が言う。
「棚橋」
「はい」
「いい判断でした」
棚橋は困る。
評価されると困る。
「……たまたまです」
氷室が笑う。
「現場はそういうもんだ」
窓の外。
巨大構造体。
リング装置。
欠けた部分。
50秒。
呼吸。
周期は、まだ少し乱れている。
宇宙の片隅。
人類は今。
レベル2文明の設備の前で。
部品を手に持っている。
それが合うかどうかは、まだ誰も知らない。
だが。
試す価値はある。
たぶん。
それが、保全という仕事だ




