表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
敗戦1905  作者: 大豪寺凱
82/122

081 遅延

 目的地の公主嶺は、奉天とハルピンとの真ん中あたりに位置している。たいした距離ではないが、列車は遅れに遅れて到着まで三昼夜を要した。待避線で数時間も抑止されることが何度かあって、車中では見知らぬ人々と談話し、もしくは議論した。私と同じ車両に乗りあわせた乗客の大部分はグリッペンベルグ大将の指揮下で戦っていた将校で、口々に最高司令官クロパトキン大将を誹り、敗因は彼の指揮拙劣によることだとの議論に熱中していた。


 その将校たちの中に声の大きい中佐がおり、自分なりに分析した敗因について論じていた。

「肝腎な場面で、予備隊の到着が遅れたからだ」

 という論旨は、素人である私にも理解できた。問題は、なぜ遅れてばかりいたのかだ。

「なにせ地図が不正確なのだ」

 と、これまた納得できる理由を挙げた。地図が不正確だということは、道に迷う以外にも弊害があると中佐は力説した。日本軍の陣地を砲撃し、抵抗力を奪いつくして占領したが、その陣地の間近に村落があり、そこに無傷の日本軍が充満していた。あろうことか日本軍は機関銃を持ち出してきて逆襲し、恰も草を薙ぎ払うごとくロシア兵は倒されてしまった。

「その村は、地図に記されていなかったのだ。もし、地図に記載されていれば、突撃前にその村落へも砲弾を雨の如く降らせていただろうに」

 それらの地域は遼陽会戦まで、わがロシア軍の支配地域だった。いまは敵軍占領下の地域ゆえ直近の状況が不明なのは致し方ないとしても、村落が急に形成されるはずがない。つまりは、わがロシア軍はその村落の存在を見落としていたのだ。


 若い中尉は、別な観点から正すべき問題を提起した。彼は進撃中に部下を何名か失いながら敵陣の側面を迂回、生き残った18名で小高い丘を占拠した。そこは眼下に敵陣を見渡せる立派な瞰制地で、本作戦の要たる沈旦堡の鎖錀と呼ぶべき重要地点だった。運良く日本軍に先んじて占拠できたものの、占領を維持するには18名では足りない。幸いに、聯隊規模の歩兵部隊が第一線に向けて行進していたゆえ、その聯隊に丘を明け渡そうと考えて使者を送った。しかし、

「わが聯隊は予備として控えておらねばならぬのじゃ」

 と、断られてしまった。

「そこへ日本兵が現れて、われら18名は駆逐されてしまいました」

 そう語った中尉は、如何にも口惜しそうだった。その丘を奪い返すために3個大隊分の死傷者を出した挙げ句、全軍撤退の命が下るに及んで丘を去らねばならぬこととなったという。


 ようやく列車は公主嶺に到達した。私は下車して直ぐ、医長に宛てて電報を打って状況を知らせた。この電報が巧く届けば、私が逃亡罪に問われることはないだろうが、しかし、届かなかったならば……。まあ、考えても仕方ない。戦地に足を踏み入れた以上、命を失う覚悟は出来ている。


 公主嶺では、迷いながらも知人を見つけることが出来た。彼は左橈骨手根関節から先を切断されていて、ハルピンの衛戍病院まで後送されようとしていたところだった。私は彼が乗る予定の病院列車が出発するまで一時間半ほど、こもごも語り合った。


 病院列車を見送った私は、停車場で奉天に向かう列車を探した。今度は切符を買わずにだ。通りかかった鉄道員に訊くと1600発の定期列車があるが、昨日は出なかったという。今日も出ないかもしれないが

「あのホームに新来の輸送梯団を乗せた軍用列車がいますね。あれは直ぐに出ることでしょう。私が言えるのは、ここまでです」

 と、耳寄りなことを教えてくれた。

「まあ、誤乗は、あり得ることですし」

 とも言われたが、たださえ危ない橋を渡っている私は無断で乗り込んで行くことが躊躇われ、その列車の輸送指揮官に頼み込んで便乗させて貰ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ