082 故障
便乗させて貰った列車が線路上で立ち往生してしまった。勾配区間を登り切れなかったのだ。聞くところによると、普段は30輛を牽引する機関車に40輛以上の客車を繋いだせいだという。列車は近くの停車場まで後退し、後部の20輛を切り離して再び急勾配に挑んだ。ようやく登り切ろうとしたところで、後尾の4輛の連結がはずれて勝手に後退をはじめてしまった。
「全員、下車せよ」
と、輸送指揮官が順繰りに声を掛けた。
「どうした?」
聯隊長と思しき恰幅の良い大佐が問うと
「車輌の故障で、応急修理では対応できぬのです」
そして、本線を塞ぐわけには行かぬので、如何なる手段によってでも故障車を軌道から排除するほかないという。
「場合によっては、故障車を斧で叩き壊すのです」
そうまで輸送指揮官は言った。
輸送指揮官が言うには、いまや30万以上に膨れ上がった現地軍の軍需品を輸送するため貨物列車が増発につぐ増発で時刻表が満杯となり、とうてい無理な時間割で運行しているせいで、ろくに車輌の整備が出来ぬのだという。離脱した客車は連結器を固定した木材が朽ちており、連結器は根元の木材ごと脱落していた。なるほど、釘と玄翁とで応急修理できる状態ではなかろう。
待たされる場所が停車場ならば簡単な食事をとることも出来、あるいは麺麭を買うこともできようが、停車場から遠く離れた線路上にいては飲まず食わずとなるのは致し方ない。輸送指揮官は「救援列車を呼んだが、その前に本線を空けてやらねばならぬのです」と、長時間の待機を予告した。
後ろから追いついた別の列車が、われわれの乗っていた列車を故障車ごと待避線まで押して行って本線を空けるまで、われわれは酷寒の屋外で一夜を明かさねばならなかった。早朝、やって来た救援列車に乗り換えたものの、車輌工場で整備途中の客車を引っ張り出したので、車窓は硝子も雨戸もなく素通しだった。鋳鉄製の暖炉に火は入っておらず、車内は冷え切っていた。
乗り合わせた将校のうち何人かは従卒を伴っていた。それら従卒たちが機関車から若干の石炭を盗んできて暖炉で燃やそうとしたが、まずは種火とする薪木が湿っていて容易なことでは火がつかなかった。寒さは骨の髄まで達するかのようで、吐く息に含まれる水分が凍って白い氈毛のような霜が外套にこびりついた。
救援列車が小さな停車場に停まったとき、従卒たちは客車から飛び降りて駆け回り、帰ってきたときには不敵な笑みを浮かべていた。彼らは注意深く戸を締めると、毛皮の外套の釦をはずし、懐から一挺の斧を引き出した。おそらく、停車場から盗んできたのだろう。
「さあ、隊長殿、お立ちください」
そう言った従卒は、腰掛けの板を斧で割った。
「これなら、たいがい乾いているだろう」
と、剥ぎ取った腰掛け板を小割にして火を点けると、暖炉は燃え上がった。やがて心地よい暖気が伝わってきて、従卒は笑いながら腰掛けから第二の板を剥ぎ取り、また暖炉にくべた。
「どうせのことなら……」
隊長は従卒に命じて腰掛けをすべて破壊させた。ほどよく燃えさかったところで石炭をくべると、いよいよ暖炉は憤ったかのように真っ赤になった。
斯くして、奉天まで立ったまま車行する羽目になったのだが、凍死を免れただけ有り難いことだと私は思った。




