079 慚愧
遺棄された日本兵の屍骸を検分した師団軍医から聞いた話だが、日本兵の携えた小銃は飾り気が無く軽易かつ便利で、小部品に至るまで丁寧な研磨で仕上げられているという。ただし、他の兵が携えた同型の小銃と部品交換が困難であり、工業製品としての規格は精度が低いようだ。むしろ一挺ずつ仕上げ工が鑢の技で磨き上げた工芸品とでも呼ぶべきかもしれぬ。
腰に提げた銃剣は、日本刀を模した片刃の刀身ながら、鍛造に非ずして鋳造で大量生産されたものだという。防錆処理されない粗鋼を用いたものらしく手入れを怠ると直ぐに錆びてしまうので、鹵獲兵器としては人気薄だ。日本の将校が携えているサーベルは、高級な工芸品でもある正真正銘の日本刀である場合が多いという。日本刀を分捕ることが出来れば一攫千金も夢ではなかろうが、その際はサムライの子として武術を叩き込まれた日本の将校に格闘戦を挑まねばならぬことだろう。
さて、戦場に遺棄された日本兵は、長く塹壕で過ごしていただろうに、清潔な肌着を身につけていたということだ。彼らは第一線から着古した衣類を回収し、雇い入れた清国人に洗濯させ、また第一線に戻すということをしているという。 概して、日本人は清潔を好むようだ。彼らの母国では靴を脱いで家屋に入り、毎日のように温浴する。出征してからも屡々身体を清拭し、機会を得られる限り必ず入浴するそうだ。こうした清潔さは感染症を予防するのに有効であるうえ、受傷した際は悪菌に感染し難くなり、速やかに良く癒えるだろう。
日本兵に比べるとロシア兵は実に不潔だ。肌着は一ヶ月も着たきりで、虱がゴソゴソ這い回り、軍袴を脱がせると酷く臭いので窒息しそうになる。器械であれ日常の整備をすればこそ順調に動き続けるのに、人間ともあろうものを一切整備せずにいて良いわけがない。不潔にしていれば病気に罹りやすく、怪我が治りにくくなるのは当然のことだ。今更ながら、われら医官は清潔を重んじるよう強く訴えるべきだったのだ。
違うと言えば、日本軍とロシア軍とで俸給表のあり方が違う。日本では元帥たるオオヤマが年俸6000ルーブルほどだというが、われらが最高司令官クロパトキン大将は144,000ルーブル、配下の各軍司令官は100,000ルーブルで、各軍団長は28,000乃至30,000ルーブルだ。わがロシア軍の軍団長一人の俸給で、日本軍のオオヤマ、クロキ、オク、ノギ、ノヅという各軍司令官全員の俸給を賄えてしまう。
兵卒の俸給は、わがロシア軍では月給43コペークであるのに対し、日本兵は5ルーブルほど受け取っているという。ロシア兵の月給では本国の留守家族を養うことなど、とうてい出来ない。
そうかと思えば、衛生上の設備を点検するとて帝都から派遣された医学博士に対しては月額20,000ルーブルの報酬を支払った。われらが医長は錬金術を用いて月に1,000ルーブルも不正蓄財をしている様子だが、それがまったく問題に思えぬほどの無駄遣いだ。
日本人のことを知れば知るほど、私は彼らに対する畏怖心を喚起させられ、また、ロシア軍の現状を顧みて深大なる慚愧を呼び起こした。




