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敗戦1905  作者: 大豪寺凱
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078 自決

 酷寒のなかでの作戦は、傷者の収容および後送が困難だった。自力で繃帯所まで辿り着けなかった者は、その場で凍死してしまう。繃帯所から野戦病院まで荷馬車に揺られる間に凍死する者もいた。


 グリッペンベルグ大将の指揮下にあった野戦病院監が自決した。


 ある日、私が奉天市街に出向いたときに聞いた話だが、奉天を発した後送列車がハルピンに到着した際、貨車に乗せていた傷者が悉く凍死していたそうだ。暖房のない貨車に、手当のために外套を脱がせた重傷者を乗せ、少しの間だからと毛布も与えずに送り出したせいだった。その結果、数千の傷者を凍死せしめ、野戦病院監は「指揮の充分ならざりしを悔い……」と悔恨の情を認めた遺書を残して自決したのだった。


 帰国の途に就いたグリッペンベルグ大将は、自分の作戦指揮が妥当なものだと主張するために、他国の新聞記者に向けて自軍の配置や兵数について詳細に語ったという。それらは重要な軍事機密とされるべきことであるにも拘わらずだ。そして、作戦失敗の責任は最高司令官クロパトキンに帰すと力説したのだった。これには真相を知る多くの人が驚き、切歯扼腕した。


 これは戦場によくある与太話の類いだろうが、日本軍に於いても総司令官オオヤマと参謀長コダマは不仲であり、部下たちの眼前で殴り合うことさえあるという。コダマが仕上げた作戦計画の一部をオオヤマが修整したことで険悪となり、ついにコダマがオオヤマの顔面に一発食らわせた。そこへ、グリッペンベルグによる攻勢の開始が伝えられるや、両名は直ちに和解したというのだ。実話であるとも思えぬが、総司令官たる者は斯くあるべきだと思わせられた。


 日本軍は各軍司令官の技量において、また、将校の適材なること、末端の兵卒に至るまで初等教育が行き届いていること、各軍の編制が驚き入るほど実際的で理屈に適うことなど、そのような部分もまた優れていると指摘せざるを得ない。わがロシア軍は、単に数の力だけで圧倒できるものだろうか。


 かつてアレクサンドル・イヴァーノヴィチ・ゲルツェンは、斯く語った。

「理想に於いて、趣意に於いて、光彩ある範例者として、西欧人はロシア人にとって欠くべからざるものだ。もし、斯く思わざる人あらば、宜しく斯く判断すべきである」

 いま私は日本人に対して同様の思いがある。


 言ってしまえば、日本はロシアよりも貧しい。貧しさ故に、軍隊の数に限りがあり、数に限りあるが故に資質ある人を厳選して軍人にする。おそらく、そんな事情があって日本軍は思いのほかに精強なのだ。やがて日本が豊かになるに連れ、このような模範的な軍隊の秩序は失われ、盛んに不秩序が行われるようになるに相違ないと、私は思う。司令官の無能、将校の無学、兵卒の無智、そうした弊害は豊かさが齎す肥満病のようなものではなかろうか。肥大した軍隊は、必然的に質の低下が起こる。


 だとすれば、日本に比べれば豊かなロシア帝国が不秩序な軍隊を抱えているのは宿命だ。わがロシア帝国は、ナポレオンを撃退したあともクリミア戦争や露土戦争を経験しているにも拘わらずだ。遺憾ながら、わが祖国は歴史に学ぶことも経験に学ぶこともせずにいるゆえ、この宿命から逃れられないのだ。

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