074 見舞
わが病院に、最高司令官クロパトキンが、まったく不意に訪れた。かつて彼の頭髪や髭は黒かったと聞くが、いまや56歳にして、年齢相応に大部分が白くなっている。間近で見る印象は、威光ある眼が賢さを、伸びた背筋が厳格さを現している。渋味を帯びた容貌ながら、傲慢さを感じさせることはない。彼には政敵が多くいて、足を掬われることも多かった。しかし、部下に対しては丁寧に接し、注意を与えることは悉く首肯し得ることであり、反感を買うことがなかった。
最高司令官は、略式の挨拶を済ませると将校用病室に入って、
「具合は、どうですか?」
と、知りあいの見舞に来たかのような気安さで、手近の病床に横たわる将校に声を掛けた。案内に立つ医長は患者が虚偽の病名を申告する前に答えた。
「普通の神経痛でありますな」
横たわる将校は顔を青くしながら
「列外勤務に就いておりましたが、症状が悪化したゆえ入院しております」
と、申告した。
「早く快復すると良いですね」
最高司令官は一言告げて、次の病床へ移った。
「貴官は、どんな病気ですかな?」
これにも医長が答えた。
「感冒です。咳が出るほか、関節の痛みを訴えております」
そう聞くと、最高司令官は鼻から大きく息を吹き出した。そして、
「大事になさい」
と、また次の病床へ移った。
なぜ、最高司令官が不意打ちで病院を訪れたのか。私は、以下のような通達があったのを思い出した。
最高司令官より通達
衛生統計局の調査の結果、目下、兵卒の有病率は僅かに増加し、将校の有病率は大幅に増加す。この点に於いて、各高等司令部は注意を喚起し、併せて各将校に健康保全を目的とする諸規則を遵守させるべく、監督指導を徹底すべし。戦争間の不注意により来したる病者は、逃亡の罪過に相当するものなることを忘るべからず。
世間一般では、好んで病を得る者は稀にしかいない。だが、戦場に立つ軍人に病気になりたいと願う者は少なからず居る。だからこそ、わざと病気になる者は逃亡罪に相当する、などと脅したくもなるわけだ。だが、統計の数字には現れにくいことがある。もとから有病者でありながら召集された予備役将校だ。
およそ一ヶ月前、補充要員として極東へ送られた中佐は本国の留守部隊で新兵教育を担当していた人で、常々歩兵銃を撃つ手本を示すため右耳が発砲の轟音に晒され続けたがゆえに聞こえなくなっていた。そのほか、リウマチ性疾患も重症化しつつあり、喘息も認められる。喉を診るため口を開けさせると、歯は全部で5本しか残っていなかった。このような病者が動員され、しかも第一線部隊で正面勤務に就いている。
それとは別に、58歳の少佐が入院してきた。診ていて気の毒なほど痩せ細り、慢性リウマチ、胃カタル、喘息、そして不整脈も認められ、両眼は手術を受けたほどの既往症がある。
「なぜ、貴官は軍籍に留まっているのですか?」
私は無遠慮にも、そう言ってしまった。将校どころか事務員として仕事をすることさえ辛かろう身体だったからだ。
「今後、老妻を養うために恩給が欲しいのです。それには、あと二年の勤務実績が必要でしてな」
詳しく訊くと、中途で軍籍を離れた時期があって勤務年限が足りないのだという。そして、戦死した弟の遺児が3人いて、それも養ってやりたいのだそうだ。だから、老骨に鞭打って軍隊に留まるのだということだった。この老士官は、概ね私と同時期に極東へ送られており、このとき既に三ヶ月も塹壕の中で起居していた。
われらが医長は、神経痛や感冒の軽症者を後送しようとはせず、出来る限りの治療を施して正面勤務に復帰させようとした。
「どうして、ああいう怠け者の思い通りにさせるものか」
と、息巻いていたが、上層部に伝手のある者は、様々に圧力を掛けてきて後送せざるを得なかった。医長は後送列車の発車時刻に、遠くから聞こえてくる機関車の警笛を地団駄踏んで聴いた日もあった。




