069 愚行
現時に於ける戦争の勝利は、勇猛なる愚者に帰せずして、規律正しき智者に帰する。このことたるや、わがロシア軍の将兵には規律も知性も全く不備である。われらロシア人の蛮勇、そして悪しき環境での鉄石の如き忍耐は賞賛に値するとしても、軍紀の紊乱ぶりは目を覆うほどだ。なにせ、最高司令官の名で「電柱を薪にするな」と、厳命せねばならぬのだ。病院の日誌を追っていくと、その命令が発せられた後にも、また同様の命令が出ている。
命令 1904年12月5日第168号
かねて電信設備に対する厳重なる取り締まりを命令せしに拘わらず、輜重車、行李車、糧秣車の為に電柱を折断さるること依然として已まず。不注意による事故のみならず、好奇心によりて電線の被覆を剥がされし報告は、一日として到着せざるなし。これらの事由により電信連絡の中断非常に多し。予は更に命ず、電信設備に対する注意を怠るべからず。
どうやら電柱を薪にすることを防ぐだけでは、電信設備を守るには不充分だったようだ。それにしても、電柱を薪にすることが出来なくなって、兵卒たちは何処から薪を手に入れているのだろうか。その答えは、以下の命令によって明らかにされた。
命令 1905年1月1日第15号
第三軍団の将兵に命ず。蘇家屯停車場南方にて、わが軍の支配地域に存する鉄道線は、逐次、わが軍の兵卒により破壊せられ、殆ど全部の枕木は持ち去られし状況にあり。これら不埒なる行為は、電信線、橋梁、軍路その他の術工物、すなわち木材を用いる全ての工作物に及ぶ。工作物は構築と保持に多大な費用と労力とを要する物件にして、その破壊は利敵行為とならん。ゆえに非行の最たるものとして、極刑をも選択せざるべからず。
この命令は至極もっともな内容ではある。しかし、この寒空の下で焚き火もなしに露営することは出来ぬ。ならば、戦闘線の端々まで燃料を配給してやらねばなるまい。森林資源が乏しい遼東半島で薪が無いとなれば、勢い、建物など工作物から木材を剥ぎ取ることにもなろう。
陣地でも後方でも、兵卒たちは薪を得るために、必要欠くべからざる重要設備を破壊した。そして、その設備が必要なときに用を為さなかったのだ。まだ噂の範疇だが、日本軍は馬賊を雇い入れて、わが陣地の後方へ潜入したという。わがロシア軍に於いてもミシチェンコ騎兵団が敵軍後方への挺進行動を採ったということで、両軍とも考えることは似たようなものだ。違うとすれば、電信網だ。わがロシア軍の電信設備は、味方によって破壊される事例が後を絶たない。もし、日本軍に雇用された馬賊の集団が、後方の要地を襲ったとしても、その第一報が電報で齎されるか、はたまた伝騎によって齎されるかは、実に大違いだ。
まさか、日本軍でも無智な兵卒が電柱を伐り倒して薪にしているとは思えぬ。日本軍は後方への挺進を許したとしても、挺身隊の動向は電信によって迅速に伝達されることだろう。地域によっては、わが軍と日本軍とで情報伝達に数日間もの差が出よう。
こうしたロシア兵の愚行は利敵行為であり、また反逆的行為であることは間違いないが、自分たちがどれだけの悪事を為しているか、兵卒たちは理解しておるまい。彼らは無智無学ゆえに、無邪気に味方の重要設備を破壊したのだ。




