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敗戦1905  作者: 大豪寺凱
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068 無智

 誰だったかの本に「無智は罪ならず。教えざるの罪なり」と書いてあったと記憶するが、出典が思い出せない。この極東の地でロシア語の本を置いた図書館は見つけられそうになく、もどかしい。私からすると、無智と貧困は大罪だ。


 いまや20世紀、戦争の様相は変わった。戦士が首から下の能力ばかりを問われた時代は過ぎ去り、よく教育され、軍紀正しき智者にこそ、勝利の栄光は輝く。わがロシア軍はといえば、兵卒の半数以上が字を読めず、また、軍紀は紊乱しきっている。われらロシア軍人は勇猛果敢とは言えようが、それは蛮勇とも評すべきだろう。


 ほんの半世紀前までは紛れもない非文明国だった日本は、われらの敵となったいま、立憲君主国として国会を開設したうえで文明国を標榜している。翻って、わが国にはロシア帝国国家評議会こそ存在するが、皇帝は多数決によるその意見を「傾聴する」という建前すら蔑ろにし、実際には専制君主として振る舞っている。


 ロシアの兵卒は、たいがい地図に記された字を読めないし、磁石の取り扱いの注意書きも読めない。そのため指揮官を失った中隊は、勇猛な兵卒たちが残っていたとしても進退窮まり、ただ戦場を右往左往するばかりとなる。


 無智は罪だとする私の持論は、図らずも担ぎ込まれた重傷者によって証明されてしまった。馬車に載せられた傷兵は「物凄い」としか形容できぬほどの重傷であり、即死でなかったのが不思議なほどだった。付き添いの下士官に状況を訊くと、日本軍の不発弾を拾ってきて弄ぶうち、信管に触れたところで発火、その榴弾が破裂したということだ。取り巻いていた数人は欠片も残さぬほど身体が四散し、遠巻きに見物していた一人は未だ息が合ったので担いできたとのことだ。


 そう、無智は罪なのだ。己が好奇心のために周囲を巻き添えに死ぬのは、無智ゆえのことなのだ。そして、無智な兵卒たちは、別なる深刻な問題を引き起こしていた。第一線陣地と後方とを繋ぐのに必要欠くべからざる電信設備が、至る処で毀損、破壊せられたのだ。厳重に警戒した結果、これらの破壊活動はロシア兵の仕業だったというのだ。


 それを戦場にありがちな与太話として耳に入れていた私は、同僚医官セルジュコフから「その件について、最高司令部から通達が出ている」と聞いて、病院の日誌を過去に遡ってみた。


命令 1904年11月14日第69号

 わが軍隊の行動地帯内に設置されある野戦電信設備、すなわち電柱および電線は、わが軍隊により再三破壊せられたり。その確認されたる事例を挙ぐれば次の如し。

 電信線の傍らに露営せし部隊は、電信線直下で大なる焚き火をなし、これを焼損したばかりか、電柱を伐り倒して燃料とせり。電信線下を通行するコサック騎兵は槍で電線を切断せり。道なき畑地を横断せる電線は被覆を剥がされありしが、単に好奇心の為にせしものの如し。

 ここに最高司令官は命ず。皇帝陛下が裁可せられし諸注意を厳守すべし。


 こんな命令にまで裁可を求められてツァーリも大変なことだと思ったが、もし「無智は罪ならず。教えざるの罪なり」という教訓が正しいとするならば、初等教育に意を用いなかったツァーリの罪だということになろう。

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