067 火線
この戦場にも降誕祭前夜が訪れ、膠着状態にある第一線で波乱が起こった。日本兵が、わが軍の塹壕に投げ文を放り込んだのだ。
そう、この物語の冒頭で私が語った、豚との夜戦が引き起こされることとなる原因は、このことだった。日本軍は「降誕祭の祝祭を妨害せず」と、一方的に通告してきた。われわれは、これを狡猾な謀略に違いないと見て、第一線では不意の夜襲を予期して厳重に警戒した。
祝日の夕刻を過ぎた頃、わが病院は師団司令部から電報命令を受領した。各遊動野戦病院に対し「即刻、師団病院へ医官および看護師各2名派出せよ」とのことだった。その当時、師団病院は戦闘線の間近に設置されていた。どうせ戦闘線は日本兵と睨み合うばかりで動きが無いゆえ危険は無いと見て、病兵の担送に便利なように師団病院を前進させたのだ。ところが、夜襲が予期される事態となった。傷者は戦闘線から最も近い師団病院に集中するだろう。
命令は絶対にして抗うべからざるものだ。しかし、この命令は無茶だと言わざるを得ない。遊動野戦病院とて、待機中で未開設ならともかくも、一旦開設された以上は医官や看護師を派出すべきではない。そして、師団病院に対しては「医長を戦闘線へ派遣、仮繃帯所を指揮せしむ」との命令が出ていたことに、私は大いに驚愕した。
現に示された状況を見る限り、師団病院の医長を戦闘線に派遣することは、まさしく不条理だ。いまでさえ寒気との戦いに苛まれた病兵が師団病院に送り込まれている。そこへ戦闘による傷兵が続々と担ぎ込まれることが予期されるなかで師団病院は医長を欠いた状態で多大な業務を遂行できるものだろうか。余所の医官と看護師の応援を受けたとて、それを誰が指揮するというのか。
私が馬車で師団病院に着いた頃、すっかり空は真暗になっていた。分厚い雲に覆われて星一つ見えないが、気温は高く、風が心地よかった。
スルタノフ病院から師団病院への応援は、医官スルタノフだけだった。看護師たちは「軍団長に命ぜられて、軍団司令部で降誕祭の飾り付けをしている」ということだった。例の首席看護師は聖ゲオルギー・リボンの徽章を望んでいたと記憶するが、この場面で仮繃帯所に赴いて軽傷でも負えば、それこそ功労抜群と評される絶好の機会ではあるまいか。しかし、いつもの様に「自分こそが」と他人より一歩前に進み出ようとはしなかったのだ。こういう場面では何故か奥ゆかしい。妙なことだと思ったが、どうやら塹壕の中に設置される仮繃帯所に派遣されたのは「スルタノフ病院の看護師たちだった」と虚偽の報告をしようと企んでいるらしい。
結局のところ、師団病院の医長は現位置に待機し、戦闘線における火線救護を担う仮繃帯所は二つの遊動野戦病院から派出された医官によって開設することとなった。私は貧乏籤を引いたと思いはしたが、この判断は至極真っ当なことでもあろう。
一発目の砲声が響く前、すでに私は塹壕の中に仮繃帯所を開設していた。そして、夜が明けるまで担ぎ込まれる傷者は一人もなく、私は仮眠したのみで塹壕を出て、わが病院へ無事に戻った。その帰途、私が目にしたのは、哀れな豚たちが無惨に屍を晒している光景だったのだ。




