051 相場
清国人は家屋を破壊され、略奪に遭い、仲間を殺されても、荒れ果てた村落に戻ってきて仕事を続けている。銃を突きつけて追い立てられても、数人ずつ村へ戻ってきては、収穫した黄梁や稗の脱穀作業に勤しんだ。彼らはロシア軍の兵卒を蛇蝎の如く嫌悪していたが、将校に対しては融和を試みた。
「ロシアの将校は大変好ましいが、兵卒は馬賊に等しい」
と、聞き取りにくい訛りのロシア語で、身振り手振りを交えて言った。而して荒らされた家屋を私に指し示し、その惨状を訴えた。
ロシア兵によって土壁まで破壊されているのは、宝探しのつもりでやったことらしい。どこかで聞きかじった東洋の落城伝説で、たいせつな宝物を土壁に塗り込めたという寓話があって、ならば土壁を破壊すれば価値あるものが手に入るだろうと、手当たり次第に壁を打ち崩しているのだそうだ。
異教の神の偶像も、多くが破壊された。それら偶像の胎内に、希少な仏教の経典を収める例があるとのことで、そのことが「宝が隠されている」と誤解され、数多の偶像を破壊するに至った。わがロシア正教会では、聖母、聖人、天使の姿をイコンに描くが、そこに描かれているイエスや聖人たちを敬うゆえのことであり、イコンそのものを崇拝するのではない。我々から見れば偶像は崇拝すべきものではなく、それゆえ兵卒たちは躊躇なく偶像を壊すのだろう。
清国人は、家屋ばかりか信仰の対象まで破壊しつくされても、村に戻ってきて仕事を始め、打ち落とした黄梁や稗の実を籠で掬い上げ、篩い分けた。その作業の音は、夜が更けても続いた。この村も、いつ戦場に入ってしまうかわかったものではない。それを清国人は悟っているから、作業を急いでいるのだろう。
奉天の周辺では、組織立った多人数の盗賊団が徘徊している。住民がロシア軍に追い立てられて無人と化した田畑に侵入し、収穫作業の中途で干してある稗などの作物を多数の荷車に積んで奪い去る。街道上では、それら作物を満載した荷車が列をなした。そうした作物を売る相手は、ロシア軍の主計官たちだ。
主計官たちが頭を悩ませるのは馬糧の調達だ。動かさなければ燃料を必要としない蒸気機関とは異なり、軍馬は使役せずとも日々大量の馬糧を消費する。その出納や在庫の管理だけでも大仕事だというのに、調達がまた困難を極める。前線に近い地域は無人と化した村落が多く、収穫作業が中途で放棄されたままの地域も少なくない。つまり、買おうにも品が無いということだ。そこへ大量の荷車が畑から奪ってきた黄梁や稗を運んでくる。それを買わない手はない。どうせ人の口には入らず、馬に食わせるのだから品質は問わない。
私は、それらの作物を馬糧として買い取った主計官に、作物の代金は誰にどれだけ払うのか訊いてみた。盗品であることは自明なので、そのまま相場の金額を盗賊団に支払うというのでは、あまりに杜撰だからだ。主計官の回答は、実に曖昧だった。
「もし、正当な所有者が判明すれば現在の相場で代金を支払い、それとは別に運んできた者に駄賃を払います」
とのことだが、集積所の門前に看板を立てて作物の所有者に名乗り出るよう呼びかけると、一枚の畑からの調達に対して12人もが名乗りを上げたという。しかも、通り相場の倍ほどの高値で請求してきた者が大半だったそうだ。
辣腕で知られる某主計官が言うには、それらの対価は
「盗品なら、軍隊相場で払います」
とのことだった。軍隊相場とは対価を払うことなく、武器で恫喝して掠め取ることを意味する兵隊言葉だ。それくらいの言葉が通じるくらいに、私も軍隊に慣れてきていた。




