052 禁制
わがロシア軍が占拠する各村落の土塀には、現地軍最高司令官クロパトキンの名において以下の禁令が大書された。
命令 1904年10月17日第34号
宛 現地軍各部隊
発 現地軍総司令部
建築物を破壊すべからず。
また、諸物品を盗取すべからず。
本命令に違背したる者は収禁し、軍法に従って処罰せしむ。
抄掠した品々を抱えた兵卒たちは、命令文が大書された土塀の前に立ち止まって読み取ろうとはしたものの、字を読めぬ者も多く、あるいは読めぬ振りをして首を傾げる者もあり、彼らに文意は伝わらなかった。
通常、このような命令は書面で各部隊に届き、まず将校が読みとり、下士官に写しが渡され、字の読めぬ兵卒たちへは口頭で伝達される。遺憾ながら識字率が高くないロシア兵各自に、字に書いた命令を読ませるのでは、その意図が伝わることはないだろう。だとすれば、この命令は伝わることを意図せず「禁じたにも拘わらず止まなかった」と、後日に責任を逃れるための方便なのだろうか。
そんなことが気に掛かって、私は病院の日誌を過去に遡ってみた。すると、われわれが鉄道で輸送されている間から奉天に到着した時期にかけて、二度にわたって同様の禁令が発せられていたことが判明した。
1904年9月22日 附第614号日々命令
わが軍の占拠せる諸地域において、耕作地および建築物の毀損によりて生じたる損失は、速やかに現金を以て所有者に賠償すべし。所有者の留守なる場合にありては、損害の程度に関する調書を作成し保管し置くべし。
1904年10月8日 附第640号
現地軍最高司令官の許へ達したる報告に依れば、兵站部隊、給養官吏、糧秣官吏および関連部隊は、その行軍間、住民より馬糧および食料品の徴発に際し、全く対価を支払わざるか、もしくは極く少額を支払い、その際に肩章を取り去りて認識を妨ぐることを通例とすと。
右に依り、最高司令官は茲に再び各級の長官に命ずるに、部下の監視および各部隊内の軍紀を正確に保持すべく、最も適切にして効果充分なる措置を為すべきことを以てす。
なるほど、最高司令官クロパトキン閣下は本気で禁令を発していたのかと察せられる。しかし、各級指揮官たちは「最も適切にして効果充分なる措置を」講じたとは言い難い。無論、日本軍と戦うことこそが急務であり、清国人の生命や財産を保護することは二の次にせざるを得ぬことは免れないとしても、殊更に捨て置かれた印象は否めない。
さて、10月17日付の命令第34号に関し、わが病院に於いて最も職務上関連深いのは主計官だ。その命令を受けて彼はどう動くか、あるいは動かざるかを私は興味深く思い、今後どうするつもりかと質してみた。
「本来のやり方に戻す……くらいしか思いつきません」
ということだった。最も頻繁に発生するのは馬糧調達で、馬秣にせよ燕麦にせよ大量かつ何度も繰り返し購入する必要がある。その地域の住民が避難して不在の場合は、清国の官憲に対価を供託する。そのために綿密な調書を作成する手順になっているのだが、いまや調書が平気で捏造されている。それが罷り通るため、いわゆる軍隊相場での調達、すなわち対価を払うことなく徴発することが当然の如くなっている。
しかも、退却する際には集積した馬糧を焼き棄ててしまう。それを見た清国の農民が不快に思わないはずがない。それゆえ通常の交渉による調達は困難となり果て、無人と化した村落から窃盗的に持ち去るか、住民が残っている村落に於いては強圧的に奪い去るか、いずれかになってしまうのだ。




