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敗戦1905  作者: 大豪寺凱
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044 銃弾

 疑心暗鬼は、時として取り返しのつかぬ大失策に繋がる。ある村落に軍団長の軽馬車が通りかかったとき、民家の石塀越しに銃弾が放たれた。しかも、前後して2発だ。1発なら誤射である蓋然性は高いが、2発となると狙撃を疑うべき場合となる。1発目で馬車を減速させるか停止させたうえで、2発目で本来の目標たる軍団長を射止める……という意図が窺えるからだ。


 警護していたコサックは直ちに石塀の中へ突進し、その場に居た清国人2名をサーベルで斬り、屋内に居た5名を捕縛した。そして、その翌日、捕縛された5名も首を刎ねられた。その数日後、軍団司令部の将校が「他言無用」と条件をつけながら私に語った真相によると、発砲したのは清国人では無かった。


 たまたま2名のコサックが庭に居た豚を追い回し、豚が街道上へ逃れたところを銃で撃った。このとき軍団長の馬車が通りかかり、発砲したコサックは軍法に処せられんことを恐れて姿をくらまし、不運な清国人が斬り倒されたのだった。発砲したコサックは、後日、名乗り出てきたが、司令部では「誰にも言うな」と厳命して、この事件を闇に葬ったのだという。


 清国人は一般に長い髪を弁髪に結っているが、なかには髪を短く剃った者もいる。それらは異教の僧侶であるらしく、日頃から屋外で働くことが少ないため日焼けせず、比較的色白に見える。普通の清国人は弁髪に黄色い肌をしている。これら東洋人の生命は、凶暴化したロシア兵にとっては1コペークにも値しないものだった。身柄を拘束して家族に身代金を要求するでもなく、簡単に首を刎ねてしまうのだ。ある誤解から生命を奪われる場合もあれば、何事かを隠し立てしたために殺される者もあり、また、慰み半分に首を刎ねられた者もある。


 戦いのために敵を殺すのではなく、快楽のために敵ではない者を殺す。無論、軍律に違背することだが、誰にも止めることが出来ないのだ。手足を縛られた裸体の清国人に向かって、凄みを含んだ笑みを浮かべながら、自分の欲情の儘、あるいはサーベルで首を刎ね、あるいは銃で腹を撃つ。


 わが病院の近傍に、チェルケス人の部隊が駐屯した。清国人が珍しそうに群がり寄ってチェルケス部隊の行進を眺めていたが、突然、チェルケス部隊は抜刀して群衆のなかへ斬り込み、老若男女を問わず手当たり次第に殺傷した。何故(なにゆえ)刃傷に及んだか、彼らは「清国人が通行を妨げた」ことが理由だと主張した。


 コサックは戦闘線で捕縛した清国人を後方へ護送する役目を担っていたが、これも面倒になると途中で黄梁畑に連れて行って斬殺してしまい、死骸を黄梁で隠してしまう。他の病院へ使いに出された際、私は路側の溝の中に今しも殺された清国人が倒れているのを見た。通行人は一瞥くれたまま平気で過ぎ去ってしまうのだった。人は平気でも、馬は平気でないらしく、屍体の脇を通りかかった馬は耳を立て、激しく鼻息を鳴らしつつ、路外へ飛び出そうとする。


 尊ぶべき人間の死骸が路上に遺棄され、あたかも犬や猫の屍体も同然に見做されている。これは戦争とはまた異なる狂気だ。敵兵を殺すことは軍人として当然の行為だが、敵でない者まで躊躇無く殺してしまうのは狂気の沙汰というほかない。

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