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敗戦1905  作者: 大豪寺凱
43/122

042 賞罰

 どうやら戦線は膠着状態となったらしい。両軍とも得るところなく会戦は終わった。あの極東総督がハルピンから奉天まで視察に来たのだから、現在は、まったく安全だと判断できる状況なのだろう。なんと、わが病院にも総督が視察に訪れ、寝台に横たわる傷者に声を掛け、その場で勲章を授与した。そして、総督が去ったあと、われわれは声を上げて笑い崩れたのだった。


 そのわけは、総督が傷者に問いかけたことが切っ掛けだ。腹部の両側へ仕切りを立てて氷嚢を吊るし、なかなか大がかりな治療をしている兵卒が総督の注意を惹いた。

「おまえは、どんな状況で受傷したのか」

 横たわる青白い顔をした兵卒が、

「前進中、不意に当たったのであります」

 そう聞いた総督は、その場で聖ゲオルギー勲章を授与した。

 実を言えば、兵卒が「当たった」というのは、銃弾ではなく、砲弾の破片でもない。弾薬車が斜面から転げ、この兵卒と馬卒とを轢いたのだ。彼は一度も硝煙の匂いさえ嗅がずに、勇敢な兵士を顕彰するための勲章を授与されたのだ。


 退却に際して背部を負傷した兵卒も同じ勲章が授与された。また、酩酊して列車から落ちたせいで両脚を轢断された兵卒や、戦友と喧嘩をして頭を瓶で殴られた兵卒にも、名誉ある聖ゲオルギー勲章が授与された。たまたま総督の目についた者に、勲功とは関わりなく授与されたのは疑いない。壁の近くに寝かされていた傷者には声をかけることもなく、勲章を与えられることもなかった。


 会戦間、各病院は4人の医官で切り盛りしていたが、戦闘が終結したあと、ハルピンから予備医官が応援に送られてきた。しかし、彼らが来た頃には、もはや傷者は後送されており、仕事はなかった。野戦衛生長官は、会戦中ほとんど一瞥をも野戦病院に与えなかったが、いまや屡々わが病院にも視察に訪れ、彼の口から小言や脅し文句や、馬鹿げた命令が聞こえ始めた。

「患者の外套を寝台に乗せてはならぬ」

 そうは言っても、外套を仕舞っておける材料庫が無い。そう答えると

「各寝台ごとに釘を一本打てばよろしい。そこへ外套を掛けるのだ」

 と、命じられたので従った。


 後日、軍医総監が来たとき

「なぜ外套を壁に掛けておくのじゃ。材料庫へ置け」

 と、御立腹であった。野戦衛生長官から直々の命令であることを告げると、たいへんな剣幕で叫んだ。

「なんと、不衛生極まりないことを! すぐ、取り除けてしまえ」

 たしかに、埃だらけの外套を掛けておくのは不衛生だというのは違いないが、どうして材料庫のために大天幕の一つも呉れてやろうという話にならぬのかが、私にとっては不思議だった。


 野戦病院総監という肩書の将官が訪れたこともあった。私は不在だったが、あとから聞いて、そんな役職があることを知らず、クロパトキン総司令部に属するのか、総督に属するのか、それさえ判らなかった。わが病院に彼が不意打ちで視察に訪れたとき、事件が起きた。


 私と同じ予備役召集の若い医官が当直中のことだ。当直医官は診察室の机に凭れて新聞を読んでいた。そこへ将官が入ってきて、案内も請わずに病室内へ入って一巡した。その間、当直医官は平気で新聞を読んでいた。将官は大股に診察室へ進みより、

「現在、患者は何名おるか」

 と、横柄な態度で質した。当直医官は「いま調べます」と診察簿に手を掛けたが、将官が望んでいたのは質問への回答ではなかった。

「貴官は見ず知らずの者が病室に入っていくのを見ながら、誰何もせぬのかね」

 まったくもって御尤もではある。当直医官は

「わが軍の将官とお見受けしましたので。聞くところによれば、階級を詐称する精神異常者が存在するとのことですが、閣下は正常と思われますし……」

 将官は思わず怒声を張り上げた。当直医官は、ここに至って初めて直立不動の姿勢をとり、挙手の礼をした。

「収禁8日間!」

 そこへ、別の医官が診察室に入ってきて

「閣下、どうか、この者をお許しください」

 と、必死でとりなした。なにぶん予備役ゆえに軍隊のことを知らず、ただ医官として医療行為のみ働かせてきたので、教育がよくなかったせいだと。それは婉曲に医長のことを批判したつもりだろうが、将官には通じなかった。

「この不埒者を庇った貴官も、収禁3日間だ」

 というようなことだった。

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