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敗戦1905  作者: 大豪寺凱
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040 後送

 わが病院に搬送される傷者は、前線の仮繃帯所で処置してあればまだしも、なんらの処置もされないまま地面の上に捨て置かれ、ようやく数日後に運び込まれる場合も少なくない。半日早ければ命を救えたろうと思うことは多々あった。


 その夜は深更に至るまで二度の切開術を施行した。一人は盲貫銃創で、さほど困難な手術ではなかったが、もう一人は難しい手術だった。傷者は砲兵卒で、榴霰弾の破裂による受傷であり、破片のなかに混じっていた信管帽を薦骨窩から抜き取ったのだ。この銅製の信管帽は変形して円錐状になっており、薦骨を貫いて直腸を裂いていた。


 手術を終えると、休む間もなく次なる傷者の受け入れを準備せねばならぬ。近くまで傷者を載せた担架が来ていないか、私は天幕の外に出て様子を窺った。その間も遠雷の如き砲声は鳴り響き、榴霰弾の破裂は夜空に電光の如く、また、地をえぐる榴弾が破裂すると一瞬の反射光の中に、地獄の底で蠢く将兵が影絵の如く映し出された。


 天幕の出入口の周囲は、至る処血塗れだ。夜の寒気で、その血が凍り始めている。わが病院は、長々と重傷者を置いておくべき環境では無い。重傷者は可及的速やかに病院列車に引き渡して後送すべきだ。深傷を負った身に寒気は堪え難く、傷者の呻き声が絶えず聞こえてくる。


 頬と顎骨とを銃弾に貫かれた兵卒は、髭を濡らしていた血が固まって黒くなっていた。寝台に空きがないため椅子に腰掛けていたが、頻りに血痰を吐いた。診察のため腰をかがめた医官セルジュコフの頭の上で、彼の顔は痛みのために慄えており、その頭を覆う手指は固い痙攣を起こしていた。そして、啜り泣きが長々と聞こえてきたのだった。

「おお、父よ……、母よ……」

 そう呟いたのは、生存を諦めかけた、良からぬ徴候だ。せめて病院列車に彼を引き継ぐまで魂の緒を繋ぎ止めるべく、われわれは精励せねばならぬ。


 わが病院で出来ることは限られる。建前でいうと、仮繃帯所から運ばれてきた傷者を天幕に受け入れ、繃帯を換え、時刻に応じて食事を与え、病院列車が到着したなら停車場まで傷者を搬送する。しかし、実情はそれを許さなかった。私は運ばれてきた傷者を、馬車に乗せたまま診察し、そのまま停車場まで連れて行かせた。そのことを医長は咎めなかったが、傷者の官姓名を帳簿に記載することを要求した。また、当病院の医官が記載した票札を傷者に持たせることを忘れぬよう厳命した。それが無ければ病院列車が傷者を引き継がないからだ。


 われわれが停車場で傷者を病院列車に乗せていた時、(あたか)も宮廷列車の如き華麗なる列車が進入してきた。客車の内部は広々として見えるよう工夫されており、白く塗られた内装は明るく、清潔で、美しかった。これが重傷者を後送する専用車両だ。手術室もあり、洗濯室も厨房もあり、寝台は藁布団では無く撥条(ばね)入りだった。医官と看護師も大勢が乗っていた。


 その後ろから何両もの貨車が連結された列車が大きな音を立てて入ってきた。貨車の戸は開け放たれたままで、重傷者以外は、この列車で後送される。入口に踏み段もなく、歩行に耐えない者は傷者も病者も介添えに高く抱えられ、非常な骨折りで車内に運ばれた。もとより人を乗せるための車両でないゆえ、今しも馬糞を掃除したという板の間に、患者を横たわらせることさえあった。暖炉も無ければ、厠もない。貨車の中は寒かったが、鼻を刺すような悪臭に耐えがたく、戸を開け放っておくほかなかった。歩けぬ患者は、寝たまま排便するほかないとのことで、歩ける者は停車場ごとに蹌踉(よろ)けながら厠へ向かうのだという。


 機関車が警笛を鳴らし、後送列車は動き始めた。板の間に寝転がる患者は、発車の際に起きた動揺に苦痛を受けたらしく、身体を折り曲げて悲鳴を上げた。また、運転の荒っぽさを罵る声も上がった。この様子では、せっかく縫った傷口が開いてしまうこともあるだろう。貨車は走行中に人が行き来できない構造ゆえ、もし、出血が始まっても次に停車するまで医官や看護師の手当は受けられない。あるいは失血死ということもあり得るだろう。


 のちに聞くところによれば、沙河会戦中に重傷者専用列車で約3000名が後送され、貨車で後送されたのは約30000名とのことだった。

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