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敗戦1905  作者: 大豪寺凱
39/122

038 不善

 その夜は激しい雷雨だった。雷鳴、電光ともに凄まじく、そのなかに榴霰弾の破裂が入り交じった。天地は狂乱の修羅場と化した。


 激しい雷雨のなか、われわれは天幕で過ごしている。どうしたものか、病院の開設命令が来ないのだ。荷は輜重車に積んだままになっている。いまも砲声は鳴り響いていて、野戦病院が必要であることは疑いないのに何故なのか。司令部は病院の存在を忘れ去っているのだろうか。われわれの病院だけではない。鉄道の待避線には、至る処、未開設の野戦病院が留め置かれ、行李を解くこともなく、医官らは欠伸をして無為に時を過ごしている。


 翌朝も雨は降り続けた。われわれは民家を接収して天幕から引き移ったが、生憎と狭小な建物だったので、医官も看護師も相部屋になった。夜だけは天井から布を垂らして仕切ったものの、絶えず気遣いが必要で、居心地は頗る悪く、正直に申すなら不愉快だ。


 スルタノフが勤務する病院の医官および看護師は、われわれの宿所を訪ねてくれた。だが、首席看護師とされるスルタノフの姪だけは、終日、自分の宿所に引き籠もっていた。他の看護師は、われわれの宿所を訪れるとき、いつも綺麗に着飾った上に、赤十字を描いた雪白の前掛をしていた。


 彼女らは笑顔に媚を示しつつ、師団長から会食に招かれたことや、軍団長が慰労に訪れたことなどを物語った。そして、モスクワに居た時分のことを思い出し、

「鶏のソテーがあったら、どんなに喜んで食べるでしょう」

 などと、夢見がちに言った。戦場で、そんな贅沢は望むべくもない。

「あと、三鞭酒(シャンペン)も」

 と、付け加えられたところで、私は兵卒たちが何を思っているかを想像した。きっと、明日も黒パンを充分に食べられるかどうかを思案しているだろうと。


 われわれが宿所とした民家の主人は、若い清国人だ。少し日に焼けているが、端整な顔立ちをしている。家主は、われらが医長ダヴィドフにロシア語で話しかけ、東洋の靴を贈った。医長は返礼をするでもなく、一枚の書面を出して彼に署名を求めた。その内容は、黄梁と藁を売って代金を得た旨の領収書だ。そのような事実は無いので彼は署名しなかった。

「自分の名が嫌なら、誰か他人の名を書いても良いのだ」

 と、医長は署名を迫った。彼は何事か察するところがあったらしく、東洋の筆を用いて東洋の文字で署名した。医長にも私にも判読できなかつたが「署名さえあれば良い」と医長は納得し、家主に1ルーブルの謝礼を支払った。このあと主計官は、その書面を617ルーブル35コペークの領収書として仕上げた。もともと兵卒が戯れに畑から奪った収穫物だというのに。


 清国人との交際は、長く続かなかった。あるときコサック騎兵が馬賊を捕らえてきて、畑で首を切ってしまった。家主が言うには、斬られた者は馬賊などではなく、隣村の素性の良い豪農なのだそうだ。土地の名士が斬られたとあって、翌朝には清国人は一人残らず村から消え去った。われわれの家主は、強いて笑顔を作りつつ、われわれに別れを告げた。家族は、われわれが来る前に奉天へ疎開させておいたらしい。


 主計官は兵卒による略奪行為を予見して「自分に清国人の財産を保護すべき責任はない」と宣言した。それを知った兵卒たちが、村の民家を壊し、かつ掠め歩いたのは申すまでも無い。

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