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敗戦1905  作者: 大豪寺凱
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031 懈怠

 医官スルタノフが勤務しているのは、組織上は私が勤務する病院とは別の病院だが廠舎が隣り合わせで、事実上一つの大病院のようになっている。スルタノフは、いつも着飾っている姪を連れて来ている。およそ戦地での勤務に不似合いなら、どうも看護師としての資格も能力も備えていないようだった。スルタノフは部下や同僚に対し、姪を病院で働かせないことを堂々と宣言した。ただし、首席看護師という肩書は与えるのだそうだ。


 たいがいの病院で、看護師は多忙である。患者の訴えは四六時中であり、昧爽から深夜まで時を選ばない。勤務の間、看護師たちは患者の世話に心身を労して居るが、スルタノフの姪である首席看護師は、美しく化粧をして、綺麗に着飾って、ずっとスルタノフの傍に居た。


 看護師シナイダ=アルカツェフナは、赤十字を描いた白い前掛けを着けて、順に病室の患者を見回り、茶を飲ませたり、枕を直したり、骨身を厭わず働いていた。あるとき、私はスルタノフを訪ねて行って、彼女が疲れ果てた身体を机の上に半身を投げ出すように伏しているのを見た。


「いま私は体温38度で、発熱しています。窒扶斯(チフス)が疑われる場合ですが、交替を頼める人がいません」

 と、相談された。状況を聞くと、今夜はスルタノフが軍団長に招かれて会食の予定であるという。その会食に私も招かれているのだが、スルタノフが首席看護師を同席させたいと言うと、上司である高級医官から、もう一人看護師を同席させるよう求められた。そのため、今夜は看護師が二人しかおらず、とうてい一人では手が回るはずもない。だから休むわけには行かないというのだ。


「高級医官ドクトル・ワシルエフから、あたくしは今夜の勤務を厳命されておりますの……」

 本来の勤務割りでは、晩餐会へ出席させる看護師、たしかアナスタジアという名だったと記憶するが、その看護師が夜勤のはずだった。それを高級医官が交替させたのだそうだ。遺憾ながら、私から意見できるような相手ではない。もう一人の当直看護師ウエラ=ニコラエフナは、活発に働いていた。その彼女を激励するくらいしか、私は思いつかなかった。


 その数日後、看護師ウエラ=ニコラエフナは体調を崩した。体温は40度に達し、とうてい勤務できる状態ではない。先に看護師シナイダが体調を崩していたので、晩餐会に連れて行かれた看護師アナスタジアと二人だけで勤務せねばならず、激務に耐えられなかったようだ。残った看護師はアナスタジア一人だけだ。

 高級医官ワシルエフはアナスタジアを労うどころか叱責した。

「一人で全勤務を背負い込まねば済まされぬ状況なのだから、より一層、勤務に精励せねばならぬというのに(たる)んでおる。けっして怠けようなどと思うな」

 傍で聞いていた私は、こんなことを言っているようでは、今後、従軍を志願する看護師はいなくなるだろうと思った。


 私の病院では、定数の看護師4名に加え、2名の特志婦人がいた。特志婦人のうちの一人は、わが師団の将校の妻でハルピンから梯隊に合流した。はじめは夫のことを心配するあまり泣いてばかり居た。もう一人は後方にある大きな病院で働いていたが、われわれの病院が前線近くへ進出すると聞いて飛び入りしてきた。不思議なことを言う女で、戦闘を見物したいがために給料を貰える仕事を擲って無給の仕事に志願したのだそうだ。歳は24くらい、髪は短く切り、声が大きく、肩幅が広く、歩く姿は男に見えた。幸いにも、この両名は看護師としての資格を持っていた。

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