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敗戦1905  作者: 大豪寺凱
23/122

022 予言

 中佐の熱弁は、まだ続く。

「戦闘の勝利は、相互に連繋せる協同一致と、士気の振起とが(もたら)す」

 という、用兵の原則に話題が及んで誰からも異論は出ず、さながら独演会の様相を帯びてきた。中佐の言うことは、いちいちごもっともだ。わが軍には相互連繋も協同一致もあったものではない。そして、士気は崩壊寸前と言うも過言でない。

「現地に送られた軍団を見よ、予備役の老兵ばかりではないですか」

 私の属する軍団は旅団規模だったのを水増ししているわけだが、まだしもだということだ。現役の将校は数人しかおらず、各軍団から抽出した下士官と兵を合わせて一個中隊ほどの現役を、万単位の有象無象の予備役と混ぜ合わせた烏合の衆に、軍団という名を付けているのも珍しくないそうだ。


「常備団隊は、ほとんどが本国に留まっております」

 ゆえに、極東に送られた現地軍すべては、地から湧いたか、天から降ったか、出所の知れない部隊なのだという。軍人にとって、部隊の伝統は大切なものらしく、たとえ番号を振られただけの第○○聯隊という隊号であれ聯隊史に刻まれた数々の武勲は所属する将兵の誇りとなるものだが、にわかに創設された部隊には誇るべき伝統がなく、それが士気に関わるという。


「新編部隊に伝統を刻もうとする場合、勲章の与え方が肝腎です」

 たとえば、名誉の負傷により野戦病院で呻吟する将校に対しては何一つ授与されず、総督アレクセーエフの伝令として働く連絡将校が聖ウラジーミル勲章を佩用しているのは、どういうわけかというと、無難に35年間も勤め上げれば永年勤続を理由に勲四等が授与される資格を得るからだ。なんら武勲のない者に勲章を授与するための方便を、総督は最大限に活用していた。このような極東陸海軍総指揮官がいたのでは軍人の士気が挫かれ、ひいては国が滅びかねないというのだ。

「この際、われわれはクロパトキン将軍を盟主として、この極東の地において地方政権を打ち立てるべきではないか!」

 ついに中佐は、冗談では済まされないことを言ってしまった。極東総督アレクセーエフを逮捕し、日本と講和し、帝都サンクト=ペテルブルクと訣別したうえで、地方軍閥として極東に割拠しようというのだ。


 賛同の声は上がらない。中佐は沈黙するばかりの聴衆を顧みて、意気消沈という体で、その場から立ち去った。

「あの中佐、変わり者ですな。法螺吹きと呼ぶべきかも知れぬ」

 医師スルタノフは言った。あの様子では虚言癖もありそうで 

「ハルピンで多数の列車が停留しているというのも、きっと嘘に違いない」

 と、決めつけた。たしかに国境を越えて以来、われわれの列車は定刻どおり、この先に大いなる支障があるとは思えないほど順調に走っている。


 その翌朝、目を覚ますと列車は静かに停まっていた。輸送指揮官に長く停まっているのかと尋ねると、4時間ほど停まっているとのことだった。車窓から周囲を見ると、列車は本線の上に陣取ったまま立ち往生している様子だった。中佐は出鱈目を言ったと誹られていたが、その予言は的中した。われわれの列車は各停車場、各待避線で、何時間もの停留を余儀なくされたのだ。その間、水もなく、パンも買えず、乗っている人も馬も飢えに苦しんだ。時刻表によれば、そろそろハルピンに着く頃合いだが、まだ列車はチチハルに留まっていた。


 輸送指揮官が言うには、夜行列車の運行を抑止させるほど列車の走行音を嫌う総督が、専用列車を本線上に居座らせたうえ、その傍らの新駅舎で起居しているそうだ。もし日本軍が急進撃してきた場合は、即座に脱出できるようにしているからだという。ハルピン付近の運行情報を精査した輸送指揮官が言うには

「明後日には、ハルピンに着くでしょう」

 とのことだった。そのあと暫し列車は進んだが、その翌日の昼頃に至ってもハルピンの手前で、またしても立ち往生させられたのだった。

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