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敗戦1905  作者: 大豪寺凱
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016 欠乏

 列車は一時間ほど走ったかと思えば、停車場でも信号場でも待避線でもない、本線にいながら小一時間も滞留する。それから少し走って待避線に入り、数時間も滞留する。そんなことが続いたせいで、床下から鉄路を踏む音を聞くのが奇異に感じるようになった。


 寒さは依然として厳しい。兵卒たちは客車のなかで寒さに震えている。そんな状態で、つぎに給養を受ける停車場まで96時間を要した。缶詰と乾麺麭(カンパン)は充分に支給されているが、持ち物が嵩張るのを嫌って車窓から投げ捨ててしまった愚か者が少なからずいた。


 例によって、停車場に長く停まる場合は食事が金銭給与となったが、ほぼすべての売店で食べ物は品切れだった。つぎの金銭給与まで96時間、つまり四日間も断食する羽目になった兵卒もいた。そのような兵卒は、たまたま食糧の売れ残りがある停車場では、短い停車時間に先を争いながら列に並び、自腹を切ってパンを買うことになる。たとえ黒パン一斤が10コペークの高値でも、買わなければ断食が続くのだ。


 大きな停車場だと、パンは一切れも残っていない。先行の梯隊も金銭給与だから、すでに売り切れているのだ。閉まっていた売店が営業を再開するや否や、たちまち列が出来て売り切れてしまう。


 いまいる停車場で追いついた先行の梯隊は、現地到着後ただちに戦線へ送られることが決まっているそうだ。その梯隊の兵卒たちが、引率者と思しき中尉を取り巻いていた。中尉の顔には憂悶の様が、ありありと浮かんでいた。

「俺は、貴様たちに毎日同じことを言っている」

 と、中尉は兵卒たちに懇々と説諭している。

「買ったパンを残しておけと、何度言ったらわかるのか。自腹を切って買ったパンさえも、嵩張るからと車窓から投げ捨てる。あげくに三日もパンを買えないと不平を言いやがる」

 説諭されている兵卒たちは、みな青い顔になっていた。


「なかなかパンを買えないのは、よくわかりました。しかし、わしらは昨日のうちに買いたかったパンを、きょうも買えないで困っているのです」

 不満顔した兵卒に、中尉は怒鳴りつけた。

「黙れ、自業自得じゃ。きょうは捨てるパンが無いだろうが、このさきもう一度パンを捨ててみろ、今度こそ捕縛してやる」

 先行の梯隊の輸送指揮官が乗車を促したので、空腹の兵卒たちは渋々ながら乗車した。

「飢え死にしろと言うのかよ」

 と、叫ぶ声が聞こえたが、兵卒たちの不満の声は汽笛に掻き消された。哀れな先行の梯隊を見送る、わが梯隊の兵卒たちもまた顔色は青白く、雨外套に包まりながら身を寄せ合って寒さを凌いでいた。空腹に寒さは辛い。しかし、同情には値しないと私は思った。


 何日前のパンであろうと、腐っていないかぎりは食べられる。それを投げ捨ててしまったのは、愚かな兵卒たち自身なのだ。どうせ明日には焼きたてのパンを買うのだからと、ありもしないパンに期待をかけて。まったく愚かなことだ。

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