015 寒気
深夜、午前三時のこと、砕氷船バイカル号は長々と汽笛を鳴らし、われわれの乗船を促した。わが梯隊は寝ていた兵卒を叩き起こし、寒風吹きすさぶ湖岸の船着場で二列に並んだ。例の後続列車で来た多民族の梯隊も、背嚢を肩に掛け、銃床を下ろして二列に並んでいたが、号令からなにから彼らの言葉は少しもわからなかった。
うら寂しい船着場を照らす電灯は頼りなく、ときおり暗くなりかけた。湖面は霧に覆われ、風が強く吹き付けると、真っ暗な水面が見えた。乗船を待つ馬匹は、その光景に怖じけて嘶いたが、まず真っ先に船内へ牽き入れられた。続いて貨車が大きく口を開けた乗船口に引き込まれ、最後に人員が船内へ行進した。
灰色の雨外套を着た兵卒たちは、小銃と背嚢のほか雑嚢に入りきらない私物を身体に括り付けていたので場所をとり、やがて船内は行き詰まった。
「停まるな、奥まで進め。もそっと詰めるのじゃ」
入りきれない列の後ろから下士官が怒鳴りつけ、兵卒たちはギュウギュウに押し合った。船内は首を真っ直ぐにして立てないほどの混雑ぶりだったが、不満顔の行列はまだ後ろに続いていた。哀れな兵卒たちは牧場の羊であり、下士官は牧羊犬であるかのように見えた。
兵卒たちの乗船を待つ間、将校たちは蒸気暖房で春のように快適な一等船客の船室で寛いでいた。そこへ、白い横線のある軍帽の少尉が挨拶に来た。例の多民族部隊の指揮官であり、話しぶりからして大層面白い人だと感じた。
将校には、夜食なのか早すぎる朝食なのか判断しかねるが、軽食が配られた。私は軍医の心得である図太さで、さっさと食べてしまった。そして、下船までの短い時間は居眠りをして過ごした。
やがて砕氷船は対岸の埠頭に着岸した。まず、馬匹が船縁から牽き出され、続いて貨車が下層甲板の下船口から線路へ送り込まれ、最後に超満員の船室から兵卒たちが解放されて行った。
こちら側の停車場の連絡将校も頗る鼻息が荒い。彼は下船口の混雑を見ると、兵卒たちを怒気を含む声で叱りつけた。あの人の好さそうな少尉が、異民族の兵卒たちに何を叱られているかを説明している様子は、意外にも高圧的な態度を隠していなかった。
下船が完了せぬうちに、空は白々と明けてきた。湖上には黒々とした密雲が低く垂れ込めている。機関車は下船口から続々と貨車を引きずり出すけれども、まだまだ時間がかかりそうだ。
いったい今朝の寒さは、どうしたことか? 兵卒たちが着ている灰色の雨外套では寒気を防げず、みなが身を震わせながら佇んでいる。わが梯隊の輸送指揮官は停車場の副官に暖炉に火をくべることを要求した。
「暖房は10月1日からと、規則で決まっている」
副官は傲然と言い放った。もはや9月下旬であり、暖炉の脇には大量の薪が積み上げられていたにも拘わらず、それを燃やすことは許可されなかった。
「わしらはシベリアの民ではないぞ」
兵卒たちは呪いの言葉を吐き始めた。東シベリアでは厳冬期に寒暖計が最低気温を指したままになるという。そのような環境で暮らす人々なら寒さにも慣れているだろうが、ウラル山脈を越えてきた兵卒たちでは、そうはいかない。停車場の副官は、兵卒たちが勝手に火を起こさぬよう、薪の山にバケツの水をぶちまけた。
私の上司である医長は、輸送指揮官に客車の暖房を要求した。しかし、停車場は規則を盾に薪の供給を拒絶した。そう聞いた医長は、停車場の副官に
「教えてくれ、誰の許可を得れば暖房できるのか」
と、詰め寄った。難敵の登場を察したか、奥から停車場の司令が出てきた。
「鉄道長官から書面による命令があれば、薪を供給します」
そう聞いて、医長は不満を露わにした。
「ふん! 聞いたふうなことを。そのような命令は電報でたくさんだ」
司令は、嘲笑いながら
「ツァーリから電報で勅令が下ったなら、要求に応じましょう」
そう聞いて、医長は息巻いた。
「ならば、このことは王宮へ伝えておこう。追って貴官に御沙汰があろう」
私の上司は、けして誠実とはいえぬ老軍医だが、たいそう顔が広い。あるいは王宮との繋がりがあるというのも、ただの脅しではないやもしれぬ。
ようやく兵卒たちが乗車を終えた頃、冷え切った車内からは歌声も、談笑も聞こえなかった。走り出した列車は、山と積まれた焚き木の傍らを通過しながら本線に入った。




