011 自炊
列車が停車する度、下車する兵卒たちは身一つで出て行きながら戻ってくれば両手に何かしら抱え込んでいた。沿線の民家に押し入って、無理に持ってきてしまうらしい。対価を払ったとしても不当に廉く、場合によっては一銭も払わずに奪い去っている。
奪ってくるのは物だけでない。あるとき一頭の犬を連れて戻った兵卒がいた。その犬は貨車のなかに押し込められていたが、三日もすると姿が消えた。そして、つぎの停車場で、同じ兵卒が違う犬を連れているのを見た。私は不審に思って貨車を覗いてみると、朱く塗られた50枚ほどの木皿と、鉄釜が一つ、そして斧があり、肉切り包丁もあったが、どれも軍用品ではない民生品だった。おそらく、そのすべてが盗品だ。道具の揃え方を見るかぎり、彼は犬を煮て料理したものを仲間に売るなり、配るなりしているに違いない。
私は先日の車両火災を思い出した。ストーブを使う時期でもないのに火災が起きたのは、どうも煙草の不始末ということでは無さそうだ。兵卒たちが車両内で煮炊きをしていたのなら、その火が原因だったのではなかろうか。
兵卒たちには携帯口糧が給与されてはいたけれど、さすがに長く旅する間に缶詰と乾麺麭は食べ飽きてしまっている。さりとて上官に不満を訴えたところで、処遇改善は望み薄だ。ゆえに彼らは、食糧事情を自力で改善しようと努めているのだ。
大きな町で停車するときは、兵卒たちに現金で食事代を給与することもあった。それは「町の商店で、それぞれが食べたい物を買って来い」という、上からの有り難い思し召しだ。その給与された金銭で、兵卒たちは当然のようにウォッカを買うのだった。そして、空腹を満たすためには別な手段を採るというわけだ。
停車場の近くを散歩すると、線路が走る築堤の斜面に錆びた鉄の暖炉が打ち棄てられていて、これも盗品らしい。どうやら貨車に収めることが出来ず、棄てていったようだ。運動のために列車の周囲を一回りして戻ってくると、その暖炉は影も形も無くなっていた。何人かの兵卒たちが様子ありげな面持ちで、ひきつった笑い方をしてみせた。暖炉は、客車の床下に括り付けられていた。そこへ、見回り中の輸送指揮官が通りかかったが、事情はすべて察していた。
「彼奴らは、生きた人間を盗んで隠しておくことだって出来ますよ」
と、輸送指揮官は私に耳打ちした。
長い停車時間は、まだ続く。兵卒たちは焚き火をして鶏を煮た。もちろん鶏は独りでに歩いてきた訳がない。少し離れたところでは、手斧で豚を解体している兵卒がいた。通りかかった下士官には
「汽車に轢かれて死んでいたのです」
などと言っていたが、私には信じることができない。
もとより、将校待遇の私は市場で食物を買っても咎められない。しかし、田舎の停車場には出来たての温かい食物を売る市場などありはしないから、兵卒たちが温かいものを食べているのは、正直なところ羨ましかったのだ。




