012 伎芸
兵卒たちのなかで最も背が高いクーチェレンコは、ひょろひょろと痩せ細った身体で滑稽な一人芝居を演じる人気者だった。ついこの間も停車中の徒然にホームに出て、
「ミナサン、音楽スグ始マルネ」
と、異邦人が喋るロシア語の口調を真似て口上を述べた。たちまち周囲に人垣が出来て、ゆるゆると芸が始まった。クーチェレンコは手風琴を奏でる仕草を見せながら
「小僧、貴様ハ可笑シナ奴ヨ」
と、珍妙な歌を披露した。
モスクワの劇場では上演できないような下品な芸に違いないが、頗る面白かったことは否めない。そして、次第に人垣は大きくなって、兵卒のほかに近隣の村人も見物に加わってきた。
歌に続いて、一人芝居が大いに盛り上がり、何度も見物人たちが歓声を上げた。そして、再び珍妙な歌を何曲か披露し終えると、クーチェレンコは帽子を取って見物人のなかを歩き回りながら
「ドウゾ貧シキ伊太利亜ノ楽士ニ、オ恵ミヲ」
そう言って、さらに見物人の笑いを誘った。まだまだ熱気は残っていたが、ホームの端に居た輸送指揮官が大声で
「乗車」
と、叫ぶと、続いて機関車の警笛が鳴り響き、兵卒たちは大急ぎで列車に飛び込んだ。
つぎに停車したとき、クーチェレンコは線路わきで焚火して、鍋を火に掛けた。鍋のなかには鶏や野菜が山盛りになっていた。そして、通りかかった看護師に
「煮えたら分けてあげましょう」
と、笑顔を向けた。
「あら、まあ」
看護師は驚異の目を瞠りながら、当然の疑問を投げかけた。
「その材料は、どこで手に入れたのかしら?」
少し困ったような顔をしたクーチェレンコは
「あのイタリアの楽士へ、骨折りの礼として贈られたのです」
と、答えた。
骨折りの礼というのは、仲間の兵卒たちが民家から手当たり次第に略奪してくる間、クーチェレンコが村人の注意を歌と芝居で惹きつけていた、ということを指している。田舎のこととて、どの家も戸締まりしないまま、平気で家を空けるのだ。
「その贈り物は、仲間が他人の家から奪ってきた物でしょうに」
看護師は、状況を察していた。
「仰るとおりだが、恥ずかしいとは思いませぬ。わしらはツァーリのために忠勤を励んでいるのです。そんな忠義者が、三日に一度しか温かい食事が出来ずにいるのですよ。こんな田舎じゃパンを焼く店さえ無いのです」
と、クーチェレンコは弁明したが、看護師はまるで受けつけなかった。
「可哀想に、盗まれた農家は、どれほど悲しんでいることでしょう」
それを聞いたクーチェレンコは昂ぶって、
「あなた方は、わしら兵卒のことを可哀想とは思わぬのですな」
と、声を荒げたが、
「誰が、わしら兵卒のために泣いてくれるのか」
そう言い終えると、一転して深く項垂れたのだった。
私は兵卒たちを哀れと思わぬこともない。
そして、缶詰と乾麺麭の食事には飽き飽きしていたが、ここで兵卒の気持ちに寄り添って略奪品で作った料理の分け前を受けては、このあと泥棒の片棒を担がされることになりかねない……などと俗なことを考えていた。
ところが、看護師は毅然とした口調で
「いま、この国の何処でも、皆が泣いているのです」
と、クーチェレンコを諭した。その言葉は、私の心に重々しく響いた。




