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異世界からの来訪者

 俺はティアラに連れられ、体育館くらい広い部屋に通された。中央には半円形の卓と、それに向き合う形で椅子が置かれている。

 さらに1脚、えらく豪華な装飾の玉座が、双方のちょうど真ん中辺りで、審査員席のように置かれている。

 中では既にフレッド隊長やルドルフら5人が、半円の卓に着席していた。いつ抜かされたんだ――?


「姫様、どうぞこちらでご傍聴なさってください」

「答弁人は座れ」


 ルドルフがティアラに恭しく玉座を指し示し、フレッド隊長はぞんざいな口調で真向かいの質素な椅子へ座るよう、俺に促した。


「大丈夫ですわ」


 ティアラはすれ違いざまに耳元で囁いた。俺が振り向くと、しっかりと目を合わせ、ウィンクする。

 彼女は何事もなかったかのように正面を向き、お姫様らしい姿勢で玉座に腰かけた。どうやら、厳正な場ではちゃんと品格を保つようだ。

 俺はティアラの王族たる側面を横目に垣間見ながら、フレッド隊長たちの向かいの孤独な椅子に座った。


「では、これより最高審問会を始める。答弁人は、第1王位継承者ティアラ姫の誘拐未遂幇助(ほうじょ)の嫌疑がかけられており、これを審議するものである。審問官は、王宮騎士隊長フレッド、第1王位継承者執事ルドルフ、王国大臣パネマゲラ、断罪管理長官ジョントル、内務理事長ムロシマの5名が務める。記録は、ムロシマ内務理事長、一任する」

「心得た」


 フレッド隊長が、いかにも定型的な台詞を、声高に宣言した。向かって右の席から順に、名前を明かしていく。

 左端の小太りで豊かなヒゲの中年男性が、ペンと紙を卓上に置く。


「ちなみに、王位継承者の誘拐および拉致は拷刑ごうけいに値する。覚悟しておくんだな」


 フレッド隊長は笑いを堪え切れない様子で、明らかに定型にはないことを俺に言う。

 嫌味のつもりなのだろうが、俺には意味が分からない。


「答弁人、質問はあるか」

「はい。拷刑ってなんですか?」


 フレッド隊長が、目をぱちくりさせる。ルドルフや他の審問官も、ひそひそ何かを話している。

 フレッド隊長はすぐにさっきまでの調子を取り戻し、また意地の悪そうな薄ら笑みを浮かべた。


「物を知らん奴のようだな。拷刑とは、可能最大限の苦痛を与えて命を奪う執行法だ。泣き叫び、狂い悶えて死ぬということだ。……覚えておくといい。貴様の死因になるのだからな」


 フレッド隊長は、もはや楽しそうにさえ見えてくる。よほど、俺のことが気に食わないらしい。

 『他にあるか』と問われ、俺は首を振った。すると

審問官全員が、卓上で両手を組み、身を乗り出して俺を凝視してきた。

 どうやら、審問会とやらが始まるらしい。


「――まず、名を名乗れ」

「…………新原ニイハラ 佳助ケイスケ


 答えると、また数名がひそひそ話し始める。聞き慣れない語感のようだ。ムロシマ内務理事長も、ペンを走らせる手が、どうしたものか思案するように揺れ出した。

 次いで、フレッド隊長から引き継ぐように、真ん中のパネマゲラ大臣が短く息を吸う。

 後頭部にしか生えていない髪が、というかそれしか印象に残らない、薄い顔立ちだ。


「どこから来た」

「え……日本ニホン


 やはり、何人かがひそひそ話す。もうこれは、毎回なにか答える度に起こるのだろうと思った。すると、フレッド隊長がバンと卓を叩く。


「デタラメな地名を答えるな。そんな領地は存在しない」

「本当ですけど」

「では、この鞄から身分を証明するものがあるか、調べてやる」


 掲げられたのは、俺のカバンだった。いつの間に――おそらく、さっき広間で落としていたのを拾ったんだろう。

 フレッド隊長はカバンのチャックを開け、逆さまにして中身を卓上にぶちまけた。

 中には筆記用具やノートなど、いつも持ち歩くものばかりで、不審な物とかは入っていないはずだ。


「……なんだ、これは」


 フレッド隊長が拾い上げたのは、生徒手帳だった。


「なんと書いてある」

「学校の……身分証明、みたいなものです。校則とか、名前とか住所が書いてあります。個人情報なので、あんまり見ないでもらえますか」


 異世界で気にすることか。自分で言っていて、つい笑いそうになった。


「なんだ、この文字は……なんて読む」

「…………東京トウキョウ


 フレッド隊長たちは、『知らん』『どこだ』などとぶつぶつ話し合っている。

 俺の中で、ここが異世界であるということは、ほぼ疑いの余地がなかった。

 ティアラは俺の世界のことに興味津々なのか、さっきから前のめりになって話を聞いている。


「――まあ、これから極刑が決まる者の素性など、どうでもよい」


 長考の末にフレッド隊長が言い放ったのは、ここまでの十数分を無駄にする台詞だった。

 『では』と、次に口を開いたのは、断罪管理長官ジョントルだった。

 彼は馬のように縦に長い顔と、羊みたいなチリチリの頭が相まって、ちょっと面白いことになっている。


「あなたは姫様を暴漢3名から助けた。姫様ご自身もそれをご証言なさっています。

 しかし、この王宮は常に万全の警備体制を整えています。第1王位継承者たる姫様の私室付近は尚の事。

 あなた、そもそもどうやって姫様の私室へ入ったのです?」


 きた――無実ながら、最も聞かれたくない質問。


「場合によっては、姫様の誘拐幇助に、不法侵入の罪も加わるな」


 フレッド隊長が今日一番の笑顔を見せる。あの3人の仲間というのは冤罪だし、ティアラの部屋に入ったのも俺は全く悪くないけど、悪気がないなら無罪放免とはならないことは、なんとなく分かる。

 クラスメートの綱島のおばあちゃんは、家の掃除中に発作で倒れたところを、たまたま通りすがりに助けられたが、意識が戻ってしばらくして、そのおばあちゃんは恩人を家に勝手に入る時に窓ガラスを割ったとして訴えたらしい。

 俺は一呼吸置いて、どんな反応がきても大丈夫なよう覚悟を決め、話した。


「学校へ行こうとして、ドアを開けたらお姫様の誘拐現場にいました」


 すると、俺が想像していた嘲笑や一蹴はなく、ティアラを含め全員が目を見開いた。ピンと張り詰めたような静寂が、一気に場を包む。


「――何を言うかと思えば。おとぎ話でもあるまいし」


 フレッド隊長は思い出したように馬鹿にしてきたが、その声色は少し曇っている。


「いや……あながち冗談でもないのかもしれませぬな」


 ルドルフが神妙な面持ちで言った。


「もしかすると、彼は本当に異世界から来たのやもしれませぬ」


 俺の行く末に光明が差したのと同時に、ティアラが向ける眼差しも、キラリと光った気がした。

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