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ブラスト!

「おらァ!」


 ヘルが横薙ぎに剣を振るった。俺はそれをガキィンと刀で受け止め、押し返す。

 ヘルはその勢いでくるりと回転し、今度は左から一閃が繰り出される。だけど、見える。上体を前に倒して避け、刀で斬り上げる。ヘルは間一髪でかわしたが、咄嗟のことだったのか、よろめいて後ろの棚にガタンとぶつかった。

 ――俺、戦えてる。(パワー)速さ(スピード)も、ヘルに食らいつけている。


「はァ!」


 俺は掌の上で刀を返し、ヘルの肩めがけて振り下ろした。ティアラを拐おうとする悪い奴だが、殺したくはない。峰打ちを決めて、気絶させよう。

 しかし、ヘルは棚にもたれつつ、体を捻って俺に蹴りを入れてきた。


「がはっ……!」


 無防備な腹にモロに食らい、俺は吹っ飛んで仰向けに倒れた。


「ケイスケ様!」


 ティアラが悲鳴をあげ、近寄ってくる足音が聞こえた。


「来るな、ティアラっ……!」


 俺は起き上がりながら制止する。重い一撃に、舞依が作ってくれた朝食が食道を上りかけているのが分かった。チカチカ目眩がする。だけど、まだ戦える。いや、戦わなくちゃいけないんだ。


「クソ素人だな、お前。こんなやつにカリファとレスターはやられたのか」


 ヘルは『けっ』と吐き捨てた。


「殺し合いでは型式通りの剣術ごっこなんか、ゴミ同然だぜ。子どもの遊びじゃねえんだ。こうやって身のこなしや体術、使えるありとあらゆるものを駆使しなきゃならねえ。たとえば――」


 ヘルは見失いそうなほど素早い足さばきで、一瞬にして俺の目の前まで距離を詰めた。俺は刀を構えたが、すぐに弾かれてしまう。慌てて胸の中央で構え直そうとしても、その前にまた弾かれ、両腕と刀がヤジロベエみたいに左右に揺れた。これじゃあ、とても防御とは言えない。

 完全に遊ばれてる――俺はふと閃いた。弾かれた勢いのまま回転し、瞬時に居合いの態勢をとる。さっきヘルがやったことの応用だ。

 だが、俺が居合い斬りを繰り出す瞬間、ヘルは掌から炎を放った。


「――ッ!?」


 俺はまた床に叩きつけられてしまった。コムレイズの制服のおかげか、火傷は負ってないが、衝撃で剣を取り落としてしまった。


「――たとえば、魔法とかな」


 ヘルは俺を見下し、右手から炎を、左手から雷を発して弄んだ。そうか――この異世界、魔法があるんだ。


「まあ100歩譲って剣の腕は認めるにしても、戦いに関しちゃザコだな。全くの経験不足。そして能力不足。女子供を殺せたら出直してこいよ――来世でなぁ!」


 武器を失った俺の頭上に、ヘルの剣が振り下ろされた。


「ケイスケ様ーーー!!」


 ティアラが叫ぶ。俺は、死ぬのか。結局、守りたいものを守れずに。帰るべき場所へ、帰れずに…………。

 ――嫌だ。決めただろ。ティアラを守る。舞依の元へ帰る。こんなやつに負けてるわけにはいかないんだよ。

 最後の足掻きに、俺は剣を素手で受け止めようとした。すると、俺とヘルの間に見えない膜のようなものが現れ、それが剣を阻んだ。


「な、なに!?」


 ヘルがたじろぐ。剣に力を込めるが、その膜はビクともしない。ゴオオォォォという突風に似た音が、部屋全体に轟く。部屋の家具や飾りがカタカタ揺れ、軽い物はあちこちに叩きつけられながら荒ぶった。

 ティアラも身の危険を感じたのか、頭を庇って伏せている。さっさとケリをつけないと、ティアラに何か当たってしまうかもしれない。

 俺は再びヘルと対峙した。――そろそろ終わりにしよう。


「バカなぁ! 情報ではお前は魔法を使えないはず! なんでっ、異世界人のくせに魔法が使えるんだ!?」


 なにか言っているが、俺の掌から放たれる音で、よく聞こえなかった。


「【ブラスト】!」


 俺が無意識に叫んだ瞬間、バシュッと何かが弾けるような音と共に、透明な膜が炸裂した。大砲のような衝撃音がして、ヘルが壁をぶち破って吹っ飛んでいった。

 勝った――俺はバタリと身を投げ出した。すごく疲れた。体がだるい。腹が減った。寝たい。一挙に、虚脱感が全身を襲う。


「ケイスケ様!」


 ティアラが駆け寄ってきた。もう、止める必要も、気力もない。


「どこが痛いですか? しっかりしてください! 今、なんとか…………」


 ティアラは俺の上体を抱き起こして、無事か確かめた。俺は、相変わらずだな、と思わず笑った。


「大丈夫。どこも痛くない」


 厳密には嘘だったが、痛みよりも疲れの方が凄まじく、命に別状はないにしても、今はとにかく休みたいという気持ちが大きかった。

 こんなことを思える時点で、心配はいらないだろ?


「よかったぁ…………」


 ティアラが項垂れ、安堵する。ティアラの髪の毛が頬をくすぐる。サラサラしていた。

 泣き顔。俺に見えていることを――俺だけが見ていることを、おそらく彼女は気づいていない。


「それにしても――ケイスケ様、魔法が使えたんですね」

「え、あれって魔法なのか」

「ええ、きっとそうですわ。無色透明な魔力――無属性魔法でしょうけど」

「無属性?」

「はい。魔法には属性があって、効果や魔力の色でいくつかの属性に分かれていますわ。無属性魔法は、誰もが使える初歩的な魔法ですが、異世界の方も使えるんですね…………」


 俺は聞きながら、窓の外――というか、壁に空いた大穴から庭園を見た。ヘルはもういない。逃げられたらしい。

 俺はティアラの説明に相槌を打ちながら、周りを見回した。ティアラの部屋、随分と散らかしてしまった。俺が使った、『魔法』のせいで。

 どうして、俺が魔法を使えたんだ。今までそんなの、全く使ったことないのに――。


「ティアラ、助けを呼びに行こう」


 考えても仕方ない、と頭を切り替え、ティアラに提案する。このままここで答えの出ないことを考えても埒が明かない。それに、また敵が来るかも知れない。


「はい!」

「部屋、めちゃくちゃにしてごめんな。あとで、必ず綺麗にするから」

「いいえ、ケイスケ様が無事ならそれでいいんです」


 よく恥ずかしげもなくそんなことが言えるな。少しは、恥じらいとか照れとかないのか。


「…………行こう」


 俺はティアラにドアを開けてもらおうとしたが、もはや部屋にドアと呼べるものはなかった。

 抉られた壁から、王宮のきらびやかな廊下が見える。ここは、もう部屋でさえない。

 俺は、この部屋の修理を思うと、更にどっと疲れが増した気がした。

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