戦う決意
眼帯男は、鋭い眼光をティアラに向けた。俺はティアラを庇うように一歩進み出る。安心させようと彼女の傍に寄り添うと、その肩が小刻みに震えていた。
ティアラは今にも泣き出してしまいそうな顔で、ノブを回しながらドンドンとドアを叩くが、やっぱり開かない。
ティアラはドアから逃げることを諦めたのか、俺の背中に張りついてコムレイズの制服を力強く握った。
「開かないぜ、お姫様よぉ」
眼帯男はケタケタ笑い声をあげて言った。ティアラは『ヒッ……』と短い悲鳴をあげる。
ティアラは、誘拐されかけた時のことからまだ立ち直っていない。あれからずっと、不安や恐怖と闘っているんだ。けど、今は目の前の男やまた誘拐される危機を前に、パニックを起こしてしまっている。無理もない。
早くティアラを安全な場所へ――そう思っていると、眼帯男は懐から何か取り出した。俺は、いつなにが起きてもいいよう身構える。
「こいつで窓の鍵を開き、そのドアの鍵を閉めた」
眼帯男は、親指と人差し指で、錆びた鍵をユラユラと俺たちに見せつけた。
「このアイテム、高かったらしいぜ? でもなぁ、お姫様を誘拐できれば、それでも構わないんだとよ。さあ…………」
眼帯男は鍵を宙へ放り、剣を抜いてそれを叩き斬った。ガキィンという音の後、真っ二つに斬られた鍵が床に落ちる。
「これでもう逃げられないな」
まだ窓が開きっぱなしだが、眼帯男は分かってて言ってるんだろうなと思った。
「あんた……誰なんだよ。なんでティアラを狙う? 誰の指示なんだ?」
俺は、時間稼ぎも兼ねて問う。今のうちに考えるんだ。
「言ったろ。俺はヘル・クリーザー。もう知ってんだろ? 【闘争を招くもの】だよ。色々あって、今はお姫様を誘拐しなきゃならない」
眼帯男――ヘルは剣を肩にトントンと軽快に当てて答えた。
「誰の協力で入った? 王宮の人間と繋がってるんだろ」
俺は片手でティアラを背後に隠しながら、続けて問う。
「ケイスケ様……」
ティアラが、懇願するような涙声で呼んでくる。とにかく、ティアラを守らなければ。けど、相手は剣を持っていて、こっちは丸腰だ。まともに戦っても勝ち目は薄い。
ヘルは、眼帯をしていない方の目尻を歪め、笑った。
「殺し合いが終わったら教えてやるよ。……さあ、始めようか!」
ヘルは剣を振り上げ、俺に突撃してきた。
「ティアラッ!」
俺はティアラを押し倒すように伏せた。頭上を剣の一閃が、ヒュオッと空を切ってかすめる。
間髪入れず、ヘルは俺に剣を突き刺そうとした。俺は反射的にがら空きの腹に蹴りを入れた。ヘルは『ウッ』と呻いて、一瞬怯む。
その隙に、俺はティアラの手を取って立ち上がり、窓へ向かった。
「あ、おい! 俺が開けた窓から逃げようとするな!」
少し焦った様子でヘルは叫ぶ。口調からして、どうやらドア以外の逃げ道を塞いでいないことは分かっていなかったようだ。
俺は全速力で走った。後ろでティアラが足をもつれさせかけているが、気にしない。あそこから、ティアラだけでも逃さなければ。
窓枠に手を伸ばそうとすると、ヘルは俺たちめがけて椅子を蹴り飛ばした。
「あぶない!」
俺はティアラをしゃがませ、中腰でその上に覆い被さった。椅子の脚が肩に当たり、そのまま窓に直撃する
パリィンッと窓ガラスが割れ、俺たちに降り注いだ。パラパラと硬く冷たいものが、首筋や背中全体に振れるのが分かった。
俺はティアラにガラスが触れないよう上体を上げ、ティアラを立たせた。
「大丈夫か?」
彼女の顔や全身を見るが、特に外傷はないらしい。ティアラは目元を赤くしていて、体を恐怖で震わせながら、俺を見つめた。
「ええ、私は平気です……でも、ケイスケ様が…………」
ティアラの落とした視線を追うと、俺の右手の甲が少し切れて、血が滲んでいた。割れたガラスの破片が裂いたのだ。
「こんなの、大した傷じゃない。それより、ティアラに怪我がなくて――」
俺が言っている間に、ティアラはドレスの袖をビリリと破り、俺の傷口に巻いた。
「傷に大きいも小さいもありません! 怪我をしたら、痛いんです!」
ティアラは涙目で叫んだ。傷口に包帯代わりの布を巻く手は、震えていておぼつかない。
怖くて仕方ないのに。不安でたまらないのに。こんな時も、俺の心配をするなんて。
ティアラは優しい女の子だ。優しい、普通の女の子。
「賊の方」
ティアラはキュッと布を締めると、ヘルを見据えて立ち上がった。脚はガクガクで、対峙するのもやっとだ。
「目的は私なのでしょう。なら、この方は関係ありませんわ。大人しく捕まりますから、乱暴なことはやめなさい!」
ティアラは気丈に言い放った。俺のために。俺を守るために。なんだよ。最っ低にだらしないな、俺…………。
「いいんだ、ティアラ」
俺はティアラの肩にポンと手を置いて、後ろに下がらせた。俺が、彼女を守る。
よくよく考えれば、逃げたところであいつの瞬発力じゃ、すぐに追いつかれる。
戦うんだ。あいつを倒して、ティアラを守る。
「やっと良い目になったなぁ」
ヘルは愉しそうに笑った。その笑みには、狂気さえ感じる。
「そうだぜ、お姫様。俺はあんただけじゃなく、そいつにも用があるんだからよぉ」
ヘルが剣先を俺に向ける。
「こないだは、俺たちをコケにしてくれたからなぁ。その礼は今日、今ここで、たっぷりとしてやるぜ!」
ヘルは剣を振りかざして走り出した。同時に、ティアラも左へ走り出す。
俺はティアラを呼び止めようとするが、間に合わない。ヘルはティアラに目もくれず、俺に剣を振り下ろした。
俺は右に転がって避けた。しかし、ティアラと離されてしまった……。まずいと思って見ると、彼女は細長いものを持っていた。
「ケイスケ様、これを!」
ティアラはそれを俺に投げた。剣道時代に身につけた反射神経が、それを空中で掴み取る。
それは、最初にティアラを助けた時に使った刀だ。
「いいぜいいぜ、そうこなくちゃな」
ヘルが煽るのも意に介さず、俺は刀を鞘から抜いた。刀身が、壊れた窓辺から差す明かりで光る。
「俺が言った言葉を覚えているか?」
刀と剣。俺たちは同時に構える。
「約束通り殺してやるぞぉ、異世界人!」
俺とヘルの『闘争』が始まった。




