アルテミドラ編7
セリオンはネーフェル宮に着いた時、奇妙に感じた。まず、警備が見当たらなかった。魔女の居城だけあって厳重な警戒が敷かれてもよさそうなのだが……
セリオンはネーフェル宮に潜入した。中は静かだった。物音一つしない。
「また会えたな」
「おまえは、ドレイク!」
「敵の頭を直接狙いに来たのか? ずいぶん大胆だな」
「魔女はどこにいる?」
「さあな。自分で探すんだな。探せるものならな!」
ドレイクが大剣でセリオンに斬りかかる。セリオンは神剣サンダルフォンでガードした。
「前回はやられたが、今回はそうはいかんぞ!」
セリオンが反撃する。ドレイクはセリオンの攻撃を受け流す。ドレイクの大剣は大きく湾曲しており、獣の牙を思わせた。しかしセリオンには余裕があった。ドレイクに反撃の機会を与えない。
セリオンの連続攻撃がドレイクを追い詰める。ドレイクが後ろに距離を取った。セリオンは大剣を構える。
「はあああああ!」
ドレイクは決死の一撃を繰り出してきた。
セリオンはダッシュ斬りを放った。
二人の武器が交差した。
「ぐはあ! なっ、この俺が敗れるとは……」
ドレイクは倒れた。それを見て、セリオンは扉を開けて先に進んだ。
セリオンは扉を開けて奥の間へと入った。そこには三つの頭を持つ巨大な犬がいた。
「地獄の番犬ケルベロス Kerberos か。道理で警備がいなかったわけだ」
ケルベロスはセリオンに気づいた。セリオンは大剣を構えてケルベロスと対峙した。
ケルベロスがセリオンめがけて襲いかかってきた。セリオンはそれをよこにそれて回避する。
ケルベロスの鋭い牙が見えた。さらに両手の爪も鋭い。
ケルベロスは再びセリオンに襲いかかる。セリオンはタイミングを見はからってよける。
セリオンは蒼気でケルベロスを攻撃した。ケルベロスの横腹にヒットする。
ケルベロスは怒った。咆哮を発する。ケルベロスは立ち上がり、セリオンに跳びかかってきた。
セリオンはケルベロスの下を滑り込むようにして移動した。
セリオンは蒼気を発した。セリオンは蒼気の刃で再び攻撃した。ケルベロスに打撃を与えていく。
ケルベロスは踊り狂うように反撃してきた。猛烈な勢いでセリオンに迫る。
セリオンは後ろをちらっと見た。背後には壁がある。セリオンはケルベロスの突進をジャンプしてかわした。
「雷よ!」
セリオンはケルベロスに大剣を突き刺した。そして雷電を放った。
ケルベロスが大きな悲鳴を上げた。ケルベロスはそのまま倒れこんで動かなくなった。
ケルベロスは絶命した。セリオンは剣を抜き取ってケルベロスの背から降りた。
セリオンはさらに奥の扉を開けた。中には黒い魔女アルテミドラが玉座に座っていた。
「ドレイクもケルベロスも倒されたか。さすがは英雄。よくもやってくれたな」
「今すぐ降伏するなら命はみのがすぞ?」
「それは私のセリフだ。英雄よ、この私にひざまずくがいい。愚かで哀れな者よ、今すぐに従属するのなら、しばらくのあいだ生かしてやってもよいぞ?」
「断る! 俺はおまえの支配を認めない! 闇の支配を終わらせる!」
「闇がツヴェーデンを、この地上を支配するのだ。闇の祝福を拒むというのであれば、おまえには死しか残されていない」
アルテミドラは玉座から立ち上がった。
「それにしてもテンペル! テンペル! どこまでも私の邪魔をするか! 忌々しい存在だ! 私の僕どもは実にふがいない!」
「ドレイクはあくまでもいくてをはばんで死んだぞ」
「フン! 使えぬ者の最期のなど興味はない。ツヴェーデン軍もだ。思ったほどに使えんな。ではまずおまえを始末するとしよう。そして十字架に張り付けて見せしめにしてやろう」
アルテミドラからいてつく魔力がほとばしる。セリオンは殺気を感じた。
「そういえばまだ名乗っていなかったな。私は暗黒の大魔女アルテミドラ。闇の女王にして闇をもたらす者。おまえはテンペルの者か?」
「そうだ。俺はおまえを倒すためにここに来た」
「私を倒すだと? フフフ、できると思っているのか。おまえの勝利もここまでだ、英雄! 闇の力の前に屈するがいい!」
アルテミドラは氷の球を放った。セリオンは剣で氷を斬り裂く。
「私が得意とするのは氷の魔法だ。いてつく氷の洗礼を受けるがいい!」
アルテミドラから冷気が放たれる。アルテミドラは氷を矢に変えて撃ち出した。氷の矢がセリオンに襲来する。セリオンはさっとよけた。
「つららよ」
セリオンの上からつららが落下した。アルテミドラはさらに氷の針をななめ上方から降り注がせた。
セリオンはバックステップで回避する。
「どうだ? 私の魔力の前に手も足もでまい? かわすので精一杯か?」
「はああ!」
セリオンはアルテミドラに斬りつけた。
「無駄だ!」
アルテミドラは氷の盾を作ってセリオンの剣を防いだ。すると氷の盾から針が飛び出てきた。
「くっ!?」
セリオンはすんでのところでよけた。
「フフフ、私の氷はただの氷ではない。いてつく氷はおまえの動きを鈍くする」
セリオンの足元から氷が飛び出てきた。セリオンはそれもよけた。
アルテミドラは大きな氷の球を放ってきた。セリオンは蒼気を纏った大剣で迎撃しようとした。
セリオンは防ぎきれずに後方に吹き飛ばされた。
「はあはあはあ」
セリオンの息があがる。
「さあ、私の前にひれふすがいい!」
アルテミドラは冷気を放つ。セリオンは蒼気を放出し、冷気を防ぐ。
「終わりだ!」
アルテミドラはセリオンの上方から氷の結晶を降らせた。
セリオンはアルテミドラに急接近した。そして蒼気の刃でアルテミドラを斬りつけた。
「なにっ!? ぐっ……」
アルテミドラはセリオンの斬撃の前に倒れた。
「こ、この私が……もうしわけありません、アルテミドラ様……」
「!? なに?」
セリオンは困惑した。
聖堂騎士団はツヴェーデン軍を圧倒し、粉砕していた。原因はマイヤー司令官の自己保身にあった。兵士たちの士気は低く動きが鈍い。
「このままでは……くそっ!」
マイヤーはパウルスの末路を知っていたので、己の保身に余念がなく、たえず気にしていた。
そこに新しい動きがあった。軍の後方で何かが起きたらしい。
「なにごとだ!」
マイヤーの怒声が上がった。
「市民です! 市民たちの反乱です! 市民たちが蜂起しました!」
「なんだと!? ええい! たかが市民ごときになにをやっている! 叩き潰せ!」
とその時、ツヴェーデン軍兵士たちが頭を押さえてあえいだ。
「ぐあああああ!?」
「くおおおおおおお!?」
「うっ、うっ、うわああ!?」
兵士たちは頭を押さえて倒れこんだ。
「これは……いったいどういうことだ!? ん? がああああああ!?」
マイヤー司令官を含むすべてのツヴェーデン軍が失神した。
「魔女の魔法が解けたんだ。おそらく、セリオンがアルテミドラを倒した」
とアンシャルが言った。その場に居合わせたスルトは。
「うむ。騎士団よ! 我々の勝利だ!!」
「おおおおおおおおおお!」
鬨の声が上がった。
エスカローネは聖堂で戦いを見守っていた。
「勝ったんだわ。セリオンが魔女を倒したのね。セリオン!」
エスカローネは愛しい相手の名前を呼んだ。
「まさかここまでやるとは思わなかった。素直に敗北を認めよう」
エスカローネの背後から声がした。エスカローネは振り返った。
そこには赤い髪に赤い瞳、赤いドレスを着た魔女が立っていた。前髪は角のように編まれていた。
「あなたは……ドリスさん? どうしてここに?」
「ほう、この姿の私に気づいたか。私はおまえに会いにここに来たのだ」
「私に? どうして?」
「おまえには来たるべき光と闇の戦いを見届けてもらおうと思ってな」
「来たるべき、光と闇の戦い?」
「フフフフ」
赤い魔女が右手をかざした。エスカローネは魔法の鞭で縛り上げられた。
「ん!? あなた何者なの!?」
「そういえばまだ言っていなかったな。私はアルテミドラ。暗黒の大魔女アルテミドラだ」
「どういうこと? だってアルテミドラは……」
「セリオンが倒した、か? おまえはあの男を実に愛しているのだな。フフフフ、おまえを私の宮殿へと招待しよう」
アルテミドラは魔法陣を発動させると、エスカローネを伴って消えていった。
「セリオン、聞こえるか?」
「その声はドリスか?」
「その通り。おまえが倒したのはアルテミドラではない。彼女は黒魔女ヘカテ Hekate 真のアルテミドラはこの私だ」
「なるほど。そういうわけか」
「教えよう。おまえが最も愛しく愛している者は今、私のもとにいる」
「エスカローネが!?」
「フフフフ、安心するがいい。殺しはしない。まさかおまえたちがここまでやるとは思わなかった。私は私の失策を認めよう。そこでもう一人だけ私の宮殿に招待することにした。幻宮ラビュリントス Labyrinthos にな。魔法陣は作っておいた。それが入口だ。覚悟のできた者がそこに入るがいい。ウッフフフ。誰が来るのか、楽しみにしているぞ」
赤い魔女はそう告げた。
黒魔女ヘカテの死によって軍事政権は崩壊した。暫定評議会が設立され、ツヴェーデンを統治することになった。
セリオンは急いでテンペルに戻ってきた。
「アンシャル、エスカローネはいるか!?」
「そういえば見かけないな。どうした?」
「エスカローネがさらわれた」
「なに!?」
「ほかにもある。俺が倒したのはアルテミドラではなかった。偽物だ。死んだのは黒魔女ヘカテ。真のアルテミドラがエスカローネをさらった」
「ではまだ魔女の脅威は続いているのか」
「セリオン」
そこにディオドラが現れた。
「母さん、なに?」
「私、見たの。深紅のドレスを着た赤い魔女が、エスカローネちゃんをさらっていくのを。ごめんなさい。私には見ていることしかできなかったわ」
「別に母さんは悪くない。悪いのは赤い魔女だ。ん? あの魔法陣は……あれが入口か」
「行くのか?」
「ああ」
「セリオン、気を付けて。そして必ずエスカローネちゃんを連れて帰ってきてね」
「ああ、約束する。必ず二人で戻ってくる」
「気を付けてな。敵の居城だ」
「私は二人の帰りを祈ってるから」
「行ってくる」
セリオンは魔法陣の中に足を踏み入れた。