08 パーティメンバーを求めて
シヌーンとデッドが死んだということは、思いのほかとんとん拍子に話が進んだ。
最初の試験でかなりの数が脱落するということが見て取れる。きっとあのキャスパードのことも織り込み済みなのだろう。
一つのミスが命取りになる。俺たちとシヌーンたちを分けたものは実力でも〈スキル〉でもなく運だ。
たまたま生き残ってしまった。それだけなのだ。
そのことがたまらなく恐ろしく、そして高揚感を生み出す。
この先〈スキル〉を持つ魔物が出てくることもある。そうすれば戦いに戦いを重ねることで俺は強くなれる。
冒険者の頂に、あるいは迷宮の最深部に手が届くかもしれない。
レグナンスの外れ、勇士の丘と呼ばれる墓所で二人の墓を三人で眺める。
「……俺はもっと強くなれる。強くなってみせる」
シヌーンとデッドの墓はすぐさま作られた。というよりも、こういう時のために墓地はありあまっている。
石碑に名前と弔いの言葉を掘って、最後にギルドタグをはめる。彼らは冒険者になれなかったけど、俺たちが話し合って彼らの分のギルドタグを購入した。
感傷でしかないのは分かっていたが、そういう慰めが欲しかったのだ。
墓を確保するのにも金がかかる。けれど彼らの所持金から出さず自分たちで支払う。彼らの持ち物は墓の中に埋めてもらった。
春風が吹きすさぶ、嫌になるほど晴れた日のことだった。
レイストフは天を見上げて呟く。
「そろそろ帰ろう。雨が降りそうだ」
その日は終日快晴だった。
雨は、彼の中に降ったのだろう。
◆
墓を確保した足でそのまま酒場へと向かう。
財布の中身は寂しいけれど、早めに行動しておかないとにっちもさっちもいかなくなる。そういう冒険者はよくいる。そして勝算の低い依頼に手を出して帰ってこなくなる。
なぜ酒場に向かうのか。理由は単純、仲間を集めるのにうってつけのところだからだ。
それに少しエールでも飲んでほろ酔い気分に浸りたかった。
シヌーンもデッドも、仲が良かったとは言えない。最初は無視したかった。道中で話したけれど、しかしそれだけだ。
けれども、知っている人間が死ぬというのは結構精神に来るものだ。
それは最善を尽くせなかった後悔であり、次は自分かもしれないという恐怖。水あめのようにとろけたそれらがぐるぐるとかき混ぜられていく。
蒸留酒で酔っぱらえればいいけれど、あいにくとお金がない。
パーティ募集だって無料でできるわけではないのだ。酒場の主人に仲介料を支払わないといけない。
コン、と木杯が三つ置かれる。
まだ頼んでいないのに。
みれば褐色肌の中年男――酒場のマスターが置いたようだ。
マスターは神妙な顔つきのまま俺たちに語りかける。
「奢りだ。初帰還と、弔いの」
「……あざす」
レイストフは追及しないのか、木杯をこちらの分にぶつけるとそのままぐいっと音を立てて飲み始める。
「パーティメンバーの紹介はできますか?」
「できないわけじゃない。だけどな、先に申し込んだやつらから片付けていくからかなり遅くなるぞ。それにお前らはまだ駆け出しの中の駆け出しだ。そんなところに入ってくれるやつなんてあまりいない」
「……そりゃそうか。そうなると、やっぱり三人で潜りながら実績を上げていく……?」
「その間に金がつきなければそれがいい。冒険者が冒険していいことはない」
安全を期しろということだろう。見れば親父さんの頬やシャツから見える腕には無数の傷跡。元冒険者としての所感ということか。
今の状態なら地下一階も危ないように思えるけれど。どこかで危険は取らないといけない。ただ深く潜るのはやめたほうがいい。
「……予算を増やしたら来てくれるかしら」
「やめとけやめとけ。金づるにしかならない」
アリアリアの言葉に親父さんはきっぱりと答える。……いい人だな。
彼女はそのままこちらとレイストフを交互に見やって難しい顔をする。
「最低限、戦士と神官は欲しいわね」
「同感。それが可愛い女の子なら文句はねぇ」
「可愛いは置いておいて、俺じゃダメなのか?」
レイストフの言葉を無視して、アリアリアに訊ねる。
彼女は当然のように首肯する。
「専門じゃないでしょ。どうしても回復に重点を置けるメンバーがひとり必要になってくるわ。この際見習いでも文句は言えない」
「まあ、たしかに攻撃に参加するイリアスだと回復の手が足りなくなるだろうな」
「なるほどなー……」
いくら〈ゼロ〉の力で強くなったとしても、調和は個よりも優れているのだろう。
なんたって連携ができる。多様性が生まれるということは勝算も上がっていくということだ。
レイストフはエールを飲み干したのかお代わりを頼み、息を巻く。
そんな中、アリアリアはぼそりと呟く。
その表情は氷のようで、怖気が走るほど。
「それに、〈神聖術〉を手に入れるなんて……」
聞こえてしまっただけに、気まずい。
そ知らぬふりをするが、顔に出ていないかが気になる。
察するに、アリアリアは〈神聖術〉に対して並々ならぬ思いがあるようで。
それは俺がなんの力を持たず、〈ゼロ〉のイリアスとして生きていた時のような、黒い感情を煮詰めたものだ。
彼女の表情からは羨望、そして憎悪に近いなにかが表れている。
コンプレックス、なのだろう。
俺が無能だったように、アリアリアは〈神聖術〉が使えないことに負の感情を煮詰めている。
そしてそれは毒となり、いずれは自身を滅ぼすものであったとしても断ち切るのは難しい。
なにしろ、人は不幸であることで自分を正当化するからだ。
俺がそうだったように。
気がつけばアリアリアの表情からは負の感情は消えていて、呆れたようにレイストフを見つめている。
バカ騒ぎをするレイストフの様子を見かけてアリアリアはため息をついた。
「女子がいい。男所帯はさすがにあたしもきつい」
「女子! いいねぇ! 可愛い女の子とのロマンス!」
レイストフは少女の意見に賛同するが、あまりにも分かりやすい邪念にアリアリアの視線が刺さる。
どうやら彼は気にしていないようだけれども。
「鏡みてからいいなさいよ。あと日ごろの言動。ガツガツしすぎてキツいのよ」
「なんだと!」
ガミガミとやり取りをする最中、俺は彼女たちの言葉に理を感じ取る。
それはそれとしてレイストフの言動がガツガツしているのは確かだ。
これでは誰かと結ばれるのも遠い日の話になりそうだ。
俺はエールに手を付ける。喉が潤って活舌もよくなる。
「そうだな。たしかに女子だからこそアリアリアの日常的な悩みを分かってくれる可能性はあるし」
「……あまり本気にしなくてもいいから。そうだったらいいなーってだけで。ほんとよ?」
必死に手を振って否定するアリアリア。遠慮させているようで心苦しいものがある。
だがしかし、これはアリアリアだけの問題ではなくパーティ全体の問題だ。
盗賊のアリアリアが安心し、落ち着いて物事を対処できるようになれば迷宮探索の安全率は上がる。
つまりは死なないようになってくるということだ。
なので俺は首を横に振って、気にするなと笑う。
「いや、アリアリアの負担が減るならそれはパーティにとっても有益だよ。役割を果たしやすくなるなら、そのために全力を注いでみせるさ」
「……でもオレたちのところに来るかな、美少女神官」
レイストフは軽口をたたき始め、アリアリアはあからさまに嫌そうな顔をする。
「アンタはそっちのことしか考えてないわけね……」
「オレはモテたいから冒険者やってるだけだからな!」
いっそ清々しくて好感が持てそうなほどに突き抜けている。友情に篤いやつではあるのだが。
ただこれは空気を和ませようとしているのか天然なのかは判断がつかないけれど。
アリアリアは眉間にしわを寄せてため息をつく。
女の子にモテるかは今はいいけれど、パーティメンバー。特に神官は必要だ。
こういう時、幼馴染ならどうする?
金も実績も時間もない。欲しいのは神官。生存率を上げたい。
ピンとひらめく。ニーナがやっていたことがあるじゃないか、と。
「ドヤ顔で言うことじゃない。……けどまあ、レイストフのいうことももっともだ。なんなら掛け合ってみるか」
「どこに?」
きょとんと首をかしげるアリアリア。可愛らしいが、同時に幼さも見える。
蛇の道は蛇。その道に詳しい人に訊くのが一番だ。ただそれは同時にとても厚かましい行為であることも自覚しなければならなかった。
神官を仲間に迎え入れるため行くべき場所は――
「――教会さ」