07 冒険者となった日
「神聖術は使えないんじゃなかったの……?」
「使えるようになった……」
がばっと身体を起こしたアリアリアにそう伝えると、彼女はおかしなものを見る目でこちらを見る。
通常、〈スキル〉を後天的に獲得することなどあり得ないからだ。
だが、アリアリアはいたって真面目な表情でこちらに耳打ちする。
「それ、他の人の前で言ったら駄目よ」
「良くて実験動物だろうね……」
「進化はともかく、会得というのは普通はあり得ないから」
「アリアリアはなんで信じる気になったんだ?」
普通に考えて、おかしいことを言っているのは俺の方だ。なんならスキルを虚偽申告していたととらえる方が普通だ。
だがアリアリアはこうしてアドバイスまでしてくれている。
彼女は生気が戻りきっていない表情のまま答える。
「嘘を言っている人間の顔に見えないのよ」
「……ありがとう」
アリアリアは起き上がろうとするが、血が足りておらず足元がふらつく。俺は咄嗟に立ち上がって彼女を抱きとめる。
少し間をおいて、アリアリアは自分から離れていって、部屋の壁へともたれかかる。ふい、と目をそらされた。
失血の少ないレイストフが上体を起こし、へらっと笑う。
「すまねえ、イリアス。助かった」
「お前が庇ってくれたおかげで勝てたんだ。当然だろ」
「すまねえが、シヌーンとデッドにも神聖術を頼む」
俺は視線を逸らし、口を閉ざす。理由は簡単。できないことが分かっているからだ。
死者の蘇生はその道を極めた者にしか使えない。そしてその金は莫大だ。〈神聖術Ⅲ〉程度では精々致命傷を治す程度である。
そして身体を失った人間は一週間ほどで魂が天地へと還り、蘇生が不可能となる。
魂が身体を離れた瞬間、生き返ることはできなくなるのだ。
俺が首を横に振ると、分かっていたのか諦めたような顔で彼らが積み上げられている死体の山を見る。
「いい奴だったんだ……。いい奴だったんだよ……」
「……頭だけでも持って行こう。墓を作ろう」
「……すまねえ」
彼らは迷宮の恐ろしさを知ることなく死んでいった。そのことは幸福なのか不幸なのか。
もう一度同じことをやれと言われたら俺は間違いなく嫌だと断るだろう。
キャスパードと戦うのはこれっきりにしたいところだ。
剣を杖にしてレイストフは立ち上がる。向かう先は二人の遺体ではなく、アリアリア。
少年は剣の切っ先をアリアリアに向ける。
「どういうつもり?」
「どうして罠を見抜けなかった」
レイストフは凄む。しかしアリアリアも一歩も譲らない。
一触即発の空気に、どうするべきか思案に暮れる。
「あたしだって止めたよ! でも貴方たちが勝手に先に進むから発動しただけじゃない!」
「俺たちだけが悪いってのかよ! ヘボ盗賊が!」
白熱する舌戦に、これはまずいと警鐘が鳴る。
俺は間に入る剣先が触れないように二人の間に挟まる。
「待っーた! いま大事なことはここから地上に帰ることだろ! 反省会は後!」
「うるせえ! こいつがちゃんと仕事してればシヌーンもデッドも死ななかったんだよ!」
瞬間、俺はレイストフの首に穂先を添える。
そしてなるべく低い声で告げる。
「助かった命がいらないならそう言ってくれ」
「……くそっ!」
剣を下ろすと、彼はふらふらと二人の亡骸のほうへと向かう。
しばらくはしこりが残るだろうか。脅すような真似をしたわけだし。もしかしたら一生根に持たれても仕方がない。
悪いことをしたという思いはある。けれど、あのまま仲間内で刃傷沙汰が起こることが一番よくなかった。
俺の対応も褒められたものではなかったけれど。
こういう時、幼馴染ならうまく丸め込んだのだろうと思うと、自分の実力不足を嫌でも突き付けられる。
「アリアリア、俺も行ってくるよ」
「あたしは周囲の様子を見て来るわ。……ありがとね」
「仲間だろ」
緩い笑いのあと、アリアリアはふらふらとこの部屋を出ていく。
それを見送って俺はシヌーンとデッドの亡骸へと向かう。
死体から適当な布を引きはがして、頭だけとなったデッドと向き合う。
それだけで虚脱感はすさまじいものがあった。たった数時間一緒に行動しただけなのに。
この思いは後悔なのか。それすらも定義できないまま布に包み、デッドの背嚢を頂戴する。
頭部を入れるとずっしりと重く、命はこれほどまでに重いのだと実感する。そして、本当はもっともっと重いはずなのだ。
ただ、迷宮ではどこまでも命が軽く吹き飛ぶだけで。
腹の奥にどっしりと座る不快感。それを気にしないようにしていると、同じく作業をしていたレイストフから声がかかる。
「……悪かった。起きてしまったことは、しょうがないよな」
「仲がいいやつが死んだんだ。そんなときは誰だってつらいさ」
「……ありがとう。お前も良い奴だな」
「まずは喜ぼう。なんたってキャスパードを倒したんだから」
こつんと拳を軽くぶつけ合う。失ったものもあるけれど、得たものだってあるはずだ。
それが今は分からないだけかもしれない。少なくとも俺はそう信じたい。
それから俺たちは出口も入り口も分からない階層を漂い始めた。
二人分の背嚢。そして重い頭。それらを背負ってどこが終着点なのかが分からない道を歩き続けるのは心に来るものがある。
永遠とも思える時間を歩き続けた。何度も似たような道を通って、俺たちの疲労と焦燥はつのるばかりだった。
そのたびにアリアリアは「任せて。あたしが皆を生きて帰らせる」と力強く言うのだった。
やはり女の子というのは強い。
全員が疲労困憊の中、俺は訊ねる。
「そもそも試験の内容ってなんだっけ……」
「地下一階にある紅玉りんごを人数分集めてくるって話でしょ。しっかりしなさいよ」
「はは、こいつ緊張で忘れやがった」
ばんばんと肩をレイストフに叩かれる。結構痛い。
それでも話題を尽かせないように、自分から話していく。
出身はどこかとか。農家の三男坊で畑を継げなかったから冒険者になったとか。幼馴染についていけなくて自棄になっていたとか。
色んな事を話したと思う。
そして――ようやく目指す場所に辿り着いた。
泉のせせらぎ。ひんやりとした風。木漏れ日のような光。
木々が乱立している。それらは赤い実をつけている。りんごだ。
二人の目に光が戻る。俺も多分同じようになっている。
だからこそ、身体がいうことを聞かなくなってくる。
誰から言われるわけでもなく、皆同時に言葉が出てくる。
「……休もう」
「……そうね」
「……だな」
しばらくの間泉の水で喉を潤し、休む。
身体が落ち着いてきてから、俺は紅玉りんごを大量に持ってきた。
「お腹減らない?」
「……呆れたことにね。ありがと」
二人とも礼を言って、りんごを手に取り、かじる。俺も必要分だけを背嚢に入れて赤い果実にかぶりつく。
「……美味い」
故郷でも法国でも食べたことのない甘みに、思わず声を上げる。
誰かが木を管理しているわけでもないだろうに、驚くほど美味しかった。
月並みなことを言えば、生きててよかったと思えるくらいに。
「美味い、美味いなあ……」
震える声。目頭が熱い。死にたくなかった。生きててよかった。そんな浅ましい考えが脳裏で溶けていく。
まるで生まれ変わったかのように、世界は新鮮で、喜びに満ちている。
ならば本当に生まれ変わってみせようじゃないか。
最高の、最強の冒険者になりたい。
散った仲間の分まで。生き残った自分のために。
重要なのは〈ゼロ〉だ。
この『挑み続ければスキルが手に入るスキル』を使って、ダンジョンを制覇してみせる。
自分が胸を張ってここにいるといえるように。
この日、新たに迷宮都市の冒険者が生まれた。




