04 新たな仲間、シヌーン、デッド、レイストフ
乗合馬車を中継すること幾度。
七回ほどの昼と夜を越えて、俺たちはやってきた。やってきてしまった。
ほう、とため息を漏らす俺にアリアリアは呆れたようにこちらを見る。
「すっごい……」
「聖都に住んでたんじゃないの」
「いや、迷宮都市っていうくらいだからもっと雑然としていたかと思ってたからさ」
やれやれとばかりにアリアリアは首を横に振る。
都会慣れしているとはいえ、レグナンスの人々は他の街と比べても異様だったからだ。
なにしろ、街を歩くかなりの人が冒険者と思しきものだからだ。
街並みの整然さと、その中を歩く武装済みの人々。
どこかで喧嘩でも起こっていてもおかしくないが、そんな気配はまるでない。
統治がしっかりと行われている証拠である。
すっかり散ってしまった桜はそろそろ春の終わりを告げていた。まだそんなに日にちが経っていないというのに。
桜の絨毯がまっすぐと伸びている。
柄でもないが、俺とアリアリアを歓迎しているかのように見えてしまう。
どこが無法地帯なのだろうか。そんな言葉は無縁の楽園にも見えてしまう。
迷宮都市レグナンスは、これまで旅してきた場所とくらべても特別だった。
きっちりと区画整備された通り。四メートル以上はある高い外郭の石壁。
通りの人間の悲喜交々。
どうやら他の国と比較しても冒険者の数が多い。昔から聞いていたけれど、やはりレグナンスの大迷宮というのは冒険の花形なのだとか。
アリアリアによって見繕われた衣服を身にまとった俺は、心機一転やる気に満ち溢れていた。
彼女はそんな俺を見やって、言った。
「さ、行くわよ」
「……迷宮に?」
べし、と手刀が額に当たる。ジャンプしてまで当てたかったようだ。
痛くはないけど。
アリアリアはこちらを見て「アホー!」としかりつける。
「まずは仲間! それに冒険者ギルドに挨拶するのが先!」
「そっか。それもそうだった」
「よくこれまでやっていけたわね……」
妙な感心のしかたをするアリアリアに、俺は困ったように笑うことしかできない。
実際、これまでなにかやってきたのは俺ではなく幼馴染のニーナだったので。なにかとつけて俺の先回りをして「しょうがないわね」と言って、すべてを終わらせていたのだ。
だから、二年間ほど冒険者をやってきたという実感も経験もほとんどないといえる。
もしかしたら知識量なんかは目の前にいるアリアリアのほうが上かもしれない。
ほら、と言われて慌てて歩き出す俺に、アリアリアは楽しそうに笑う。なにが楽しいのかはよく分からないけれど、笑っているのだからいいだろう。
「ねえ、イリアスはどんな冒険をしてきたの?」
「……冒険者だったけど、冒険はしてこなかったな」
唐突に訊ねる彼女に、思わず渋い顔をしてしまう。
だって依頼を受けても幼馴染が全て片付けてしまうから。
そのことをぼかして説明すると、不思議そうにアリアリアは頷く。
「じゃあイリアスも冒険者一年目ね!」
「……それはいいね。これから冒険者になるって考えたらちょっと楽しくなってきた」
「でしょう?」
にっ、とアリアリアは笑う。その前向きな考えに感化されたのか、俺も小さく笑った。
背負った槍も中古の服も関係ない。これから自分は冒険者としてやりなおすんだと思うと心が躍る。
ニーナの力ではない、自分が得た力で今からやっていくのだ。借り物の力だとしても、自分が動いて得た力なのだ。
ようやくスタートラインに立てた。
そのことがたまらなく嬉しくて、歩調が少しばかり速くなってしまい、アリアリアが拗ねてしまうのだが。
◆
「だからさ、今度俺たちとご飯でも食べに行かない?」
「構成員と冒険者の私的な接触は控えるように言われていますので」
レグナンスの冒険者ギルドへと入った俺とアリアリアは開幕、あまり見たくないものを見てしまう。
少年三人がギルドの受付嬢へと言い寄っているのだ。
アリアリアはうんざりとした色を浮かべてため息をついた。
「ああいうのとは組みたくないわね」
「でもそれしかなかったら?」
「……その場限りにしたいわ」
ややあって、ギルドの受付嬢がこほん、と咳払いをする。
「試験を受けに行かず、これ以上こちらに構うようでしたら警備員を呼ばせていただきますが。警備員は少なくとも銀等級に値します。鉄等級ですらない、迷宮への順応が進んでいないあなた方であればそれこそ一分もかかりませんよ?」
「……しかたないな」
神官服を着こんだ少年が頭を手で掻く。剣士がしばしの逡巡の後、「行くぞ」と声をかける。魔術師の少年は「待ってよお」と間延びした声を上げる。
このまま出ていこうとしている。
出入口に居た俺たちと当然ながら視線が合う。
剣士の少年――と言っても大柄で俺より頭一つ大きい――がこちらに声をかける。低い、だが親しみやすい明るい声色。
「なあアンタらも新入りだろ? ここの冒険者ギルドに入るには試験を受けないといけない。ならオレたちと一緒にいかないか?」
アリアリアの視線。ざっとギルドの中を見回す。みんな、ギルドタグをつけている。それも鉄の色をしたものがほとんど。
つまり、もう試験を受け終わっているのが大半だということだ。俺はアリアリアを制して、少年たちの申し出を受け入れる。
するするとアリアリアは制止をすり抜けていき、受付嬢の元へと行く。情報が確かなのか、仲間を他に集められないか聞きこんでいるのか。
「ありがたい。こっちも仲間集めに難儀していてさ」
「この時期になるとちょっと出遅れてるらしくてな。おっと、俺はレイストフ、剣士だ。両隣の、神官はシヌーン、魔術師はデッドだ」
「俺はイリアス。で、あっちの金髪の子がアリアリア。戦士と盗賊だ」
アリアリアが盗賊志望だということは逃亡会議で聞いたことだ。
そして俺が戦士だということもその時に決めた。〈ゼロ〉というスキルがどういうものなのかが分からないからというのが大きい。
現時点で分かるのは、自分で戦えば〈スキル〉を得ることができるということだけ。
取得するものについてはぼんやりと当たりはつけているものの、確証はない。
ふむ、とレイストフが顎を撫でる。あまり様になっていないのは言わない方がいいだろう。
誰かの仕草を真似しているようにも見える。
憧れの人の仕草を真似したくなる時期というものはあるし、それなのだろうか。
「じゃあ早速――」
「その前に」
と、アリアリアがいつの間にか戻ってきたのか、レイストフにぴしゃりという。
「段取りや進み方についてはあたしが決めるわ。悪質な罠があればそれだけで致命的だし」
「……まあ、そりゃそうだな。お前たちはどう思う?」
魔法使いのデッドと神官のシヌーンに意見を聞くレイストフ。彼がここのグループのリーダーだというのは見て取れる。
反対意見が出るかどうかだ。スムーズに進むほうがいいのだが、あまりわだかまりも残したくない。こういう時、幼馴染ならどうやるか。
「とりあえず報酬の分配については五等分。悪質なサボりに関しては公証人を立てて……」
「んな金ないだろ。三対二だ。そこからグループで配分すりゃいいだろ」
「袖振り合うもって言うし、仲良くやろう」
神官のシヌーンが手を差し伸べるので、握る。ペンだこがしっかりとできている、苦労人の手だ。
女好きではあるが、そんなに悪い人間でもないようだ。
「ああ、よろしく」
そうして結成された即席のパーティ。
俺たちは、迷宮の恐ろしさを知ることになる。
――知らないままの人間もいたが。