05 急転直下
こつん、こつん、と石の階段を靴が叩く。五人分。
歩くスピードも音の強さもバラバラで、この世に全て同じ人間なんていないのだとこんなところで思わされる。
静けさが満ちた中、剣士の少年レイストフは苦々しげに話を切り出す。
「こうも静かだと調子が狂うな」
「まあまあ、僕だってなんとか喋れているくらいだし」
「初冒険なんてそんなものでしょ」
レイストフたちは軽口をたたき合っている。だけど、それが虚勢でしかないことは分かっている。
じゃないと剣の柄をいちいち確認したり、魔術の詠唱を時折確認したり、ぎゅっと手を握っていたりしないものだ。
松明が照らすこのフロア。土の通路が多く、水が溜まればぬかるみになりそうだ。
事務的に送り出した衛兵たち。彼らはもう慣れているのだろう。こっちは初めてだから励ましてほしかったと思うのは贅沢だ。
緊張するアリアリアに声をかけようと思ったが、それどころではない。
自分の気を紛らわすために俺はレイストフに声をかける。
「レイストフたちはずっと一緒にいたのかい?」
「いや、ちょっと前に色街の方で会ってな、意気投合して今に至るってわけだ」
「色街ねえ」
「……軽蔑はしないわよ、貴方が行っても」
「……行くつもりもないよ」
会話に参加してきたアリアリアがジト目でこちらを見るので否定する。
興味がないわけではないのだけれど、行ってみようかと思うたびに冬の古傷がじくじくと疼き出すのだ。
ニーナの笑顔と寂しそうな顔が浮かぶたびに、自分に色恋沙汰やそれに準じるものはできないのだと思い知らされる。
結局のところ俺は、臆病者なのだ。
そんな悩みもつゆ知らず、アリアリアはただ事実を述べるように語り掛ける。
「……そう? 誰だって寂しくなったり、誰かに甘えたくなったりすることってあると思うの」
「それも今はいいかな」
「結構難儀な人なのね」
幼馴染のことがなければ俺だって色々遊んでいたかもしれない。けれど、そうはならなかった。それでその話は終わりだ。
アリアリアの言葉は憐憫のものではなく、ただ感じたことを言葉にしただけのようだった。
下手な同情のほうがつらいから、それはありがたい。
欲望を隠さないレイストフが明後日の栄光を見ながらこちらに話を振る。
「色街はいいぞ、イリアス。囚われの姫を身受けする、なんて話もあったよな」
「それは英雄譚の一節だろ。レイストフは英雄にでもなるつもりか?」
「いいじゃないか、英雄。富、名声、力。全て揃っている」
そんな人間は往々にして悲劇で終わっているということに目をつぶればたしかに魅力的な話だ。
けれども、英雄という存在は必ずと言っていいほど強力な〈スキル〉を持っている。加護であったり、複合スキルであったり。
もしかしたら俺の〈ゼロ〉も可能性を秘めているかもしれない。そこまで考えてアリアリアが全員に伝わる声量で話す。
「……敵よ」
「数は?」レイストフが訊ねる。
「五つ」
レイストフと俺が先頭に立ち、残り三人を守る。強くなった自分も含めてお手並み拝見というところだ。
〈ゼロ〉の効果が本物ならば、俺は〈槍術Ⅲ〉によって槍を扱えるようになっている……はず。
というのも、乗合馬車の旅で確認する暇があまりなかったというのもある。
ぶっつけ本番だが仕方がない。
甲高いネズミの声。迷宮の外にも現れる大ネズミのものだ。
――が、実際に出てきたものは外のそれより大きい。
「うわっ!」
「シヌーン! びびってんじゃねえ! ただの大ネズミだろ!」
後じさりするシヌーンに、レイストフは叱咤を飛ばす。
勢いよく飛び掛かる大ネズミに対し、突きを放つ。肉を抉る感覚。気にするな、料理と変わらない。
その間にもレイストフは二匹の大ネズミを長剣ひとつで捌き切る。おそらくだが、俺よりも高位の〈剣術〉スキル持ちだ。
大ネズミたちがひるんだ。アリアリアが指示を出す。
「逃がさないで! デッド、魔術!」
アリアリアの指示は的確だった。
大ネズミは集団で生活している。群れからはぐれているように見えても繋がっていて、一匹でも討ち漏らせば大群を引き連れて戻ってくるからだ。
そのことを全員が分かっているから全力を出す。
「祖なる赤――鬼解の一〈赤弾〉!」
ごう、と人の頭ほどある炎の弾が俺とレイストフの間を通過し、大ネズミの半身を焼く。
逃げ出した残り一匹。俺は全身を捻って槍を放つ。苦もなく大ネズミの身体を貫通し、そのまま絶命する。
終わった、と思ったときには緊張の糸がぷつりと切れた。
「はー……!」
誰がついたため息かは分からない。もしかしたら皆同じことをしていたかもしれない。
一様にぺたりと迷宮の床に座り込んで、みんながぐったりと力を抜く。
汗でべとべとになった手をズボンで拭いて、立ち上がろうとすると結構難儀してしまう。
「だっせーな、イリアス」
「お前が言うなよ、デッド。尻もちついているくせに」
こちらを茶化してくるデッドをレイストフが鼻で笑う。けれども無様な姿なのは彼もいっしょだった。
ははは、とその場にいる全員が笑い合う。
もう少し休憩したいな、というところでアリアリアがパン、と手を叩く。
「敵に遭遇したらいけないから、すぐに戦利品を剥ぎ取りましょう」
「そうだね。素材はともかく、魔結晶は大事な収入源だ」
シヌーンがアリアリアの言葉に首肯すると、全員が立ち上がる。
魔結晶は燃料や魔術触媒にも使えるもの。この浅い層で採れるものは売ってもそこまで金にはならないが、収入があるのとないのでは大きく違う。
それになによりかさばらないのがいい。
心臓部にある鈍色の結晶体をナイフを駆使してはぎ取る。こちらが終わるころには皆まだ作業をしていた。
こういう時、経験は活きる。ニーナに連れまわされていた俺でもできたことが魔結晶の剥ぎ取りくらいなものだ。それだけしかないとも言えるけれども。
血に塗れた槍をボロ布で拭きとる。それにしても、あまり質がよくない。いつかは良いものに替えたいものだ。
剥ぎ取りが終わると、それぞれ背嚢に魔結晶を入れていく。その確認が終わると、アリアリアは歩き始める。当然のように俺たちはそれについていく。
地図を持っていないが、マッピングは大丈夫なのか。
「〈地図〉のスキルでも持ってるのか?」
「まあそんなところ。あとは歩数で測ってる。どうすればいいかは分かっているから。走っててもマッピングはできるわ」
「スキル様様ってところだなあ」
「……まあね」
間が空く返答に、あまり突っ込んで訊くべきではないのだろうと察する。
俺がそうだったように、〈スキル〉のせいで嫌な目に遭うことはままある話だ。
生まれ持ってしまった資質はどうにもならない。望もうが望むまいが。
こちらの妙な雰囲気を感じ取ったのか、レイストフがへらへらと笑う。
何かあればすかさず精神的なフォローに入るので、彼も案外悪い人間ではないのかもしれない。
彼はこちらを向いて仰々しく冗談を言うのだ。
「浅い層なら楽勝だよな。あれくらいならいくら出てきても余裕だろ」
「試験もささっと終わらせて――」
「――止まって!」
アリアリアの制止の声。
ぎしり、と軋む音。これは――木の板?
まずい、と思ったときには遅い。アリアリアにレイストフがぶつかり、彼女はそのまま前へとつんのめっていく。
気がつけば俺は飛び出していて、アリアリアの手を握って引っ張ろうとする。
が、現実と言うのは無慈悲だ。
ずぶりと全員が蟻地獄の中へと引きずり込まれていく。
シュート。
全員が落とし穴に落ちた。




