エピローグ ファミレススタッフ エミリの話
午後7時という時間は、大抵の飲食店は客の対応に追われててんてこ舞いのはずだ。
しかし、このファミレスは空席が目立ち、お世辞にも流行っているとは言い難かった。
パソコンを抱えて長居している初老のビジネスマンや、疲れた顔をした子連れのママ、ジュースバーだけで三時間話し込んでいる近所の女子高生。そんな人々がぽつりぽつりと座っている。
まあ、同じ時給で暇だというのはありがたい話だ、とファミレスのバイトになったばかりのエミリは店内を見回しながら思った。
面接時に店長から聞いた話では、昔は大繁盛していたらしい。
まだ隣りに裏野ドリームランドという遊園地があった頃、ここはちょうどスタッフ用出入り口の真向かいだったそうだ。
だから、遊園地から帰る客だけではなく、遊園地のスタッフ達も丸ごと店に入ってくれて大もうけだった、といって、店長は嬉しそうな顔をしていた。
しかし今では遊園地も廃園になり、駅からもバス停からも歩くには微妙な位置にある、流行らないファミレスになってしまっていた。
そして、エミリにはもう一つだけ、どうしても気になることがあった。
彼女は、客が少ないながらも忙しく動き回っている店長に遠慮しつつ、そっと尋ねてみた。
「店長。あのテーブル、どうして誰もいないのにビールを置いてあるんですか?」
白い制服姿の店長は、一瞬渋い顔をしたが、観念したように吐き出した。
「……ああ。一年に一度、あのテーブルにビールを七つ置くことにしているんだ。
実は、十年前、隣の土地で廃遊園地の解体作業をしていてね。
工事のミスで、ジェットコースターのレールがいきなり店の中に落ちてきたんだ。
ものすごい音で、私もびっくりして腰を抜かしたよ。
そのレールが、あそこの窓際の席に直撃してね……」
店長がそこまで話した途端、離れた席でキーボードを叩いていた初老のビジネスマンが、苛々とした顔でエミリを睨んで手を振った。
彼女は店長に軽く会釈すると、話の続きを聞かないまま、急いでビジネスマンの席へと向かった。
「ご注文でしょうか?」
初老の男は、エミリの質問に首を振り、パソコンを叩きながら低い声で窓際の席を指さした。
「悪いんだけど、あの窓際にいる大学生達、いいかげん注意してくれよ!
さっきからやたらとキャーキャーうるさくて、仕事に集中できないんだ。
七不思議がどうのこうのって、下らん話ばかりして!」




