宇宙(そら)からの災厄
ヒュゥッと、爽やかで心地よい風が、青空に向かって高く、高く吹きあがっていく。
仕事など放りだして『このまま昼寝でも……』と思えてしまう。
そんなのんびりした空気なのに、とんでもないくらい苦々しい顔で空を見上げる男たちがいた。
中心にいるのは短く刈り込んだ白髪にわずかな黒がチラホラ残る初老の男だ。
老人といっても弱々しい印象ではない。
一目で叩き上げとわかる頑強な肉体は『若い頃は柔道と空手と相撲の猛者』という感じだ。
肉体以上に衰えを知らない眼光の猛々しさは野獣、いや猛獣か。
「ったく!このクソ忙しい時にッ!銀河連邦の陰険評議会のクソどもめッ!視察団なんぞ派遣しやがってッッ!」
頭をガリガリと搔きむしりながら、周りのスタッフに憚ることなく悪態をついている。
更に高齢らしい老人がビクついている前で、胸元から出した煙草をくわえてライターをカチカチと鳴らす。
「あのぉ塩川長官?この空港、禁煙なんで……」
「ああんッ?なんか言ったかッ!」
「ヒッ!す、すいませんッッ!!」
ここは防衛警察の基地のひとつだ。
もとは自衛隊の航空基地だったが、現在では地球上の軍隊と警察全て防衛警察の組織に統合されている。
その滑走路のど真ん中で憤慨している初老の男こそ、地球防衛警察のトップ・塩川長官である。
ちなみにその横で縮こまって、やたらとへりくだっているすだれ頭が基地司令官。
定年間近で田舎基地のんびりライフを送っていたが、今朝いきなりとんでもない危険人物のアポなし訪問を受けた不幸な男だ。
「ったく、禁煙だと?」
「は、ハイィィィッ!申し訳ありま……」
「わぁーっとるわい!くわえただけだ、火はつけとらんわい!」
じゃあ何のためにライター出してんだ?とは恐ろしくて聞けない。
今朝までは月に何度かの緊急出動があるだけの小さな基地だったのに。
今は『液体爆薬10トンに囲まれてキャンプファイアーしている』気分だ。
残り少ない頭髪が数本、風に吹かれて飛んでいく……何で自分がこんな目に?
しかし基地司令官はまだ知らない、自分以上の特大貧乏くじを引いているのが目の前の塩川長官なのだ。
「長官!今、レーダーに出ましタ。そろそろ肉眼でも見えるハズでス!」
「ん―――ッ、あれか!銀河連邦のお偉いさんが乗ってる宇宙船ってのは?」
駆け寄ってくるのは金髪の若い男、彼の言葉に全員があらためて空を見上げる。
青空、雲は地平線に少しだけの晴天、その真上に黒い小さな点が突然出現した。
空よりも高い場所、すなわち宇宙からの来訪者だ。
「んッ……?」
塩川長官の不機嫌面が険しい表情に変わった。
中心の黒点の周りに小さな赤い点が三つ、飛び回っているのが見えたからだ。
しかも赤い点たちは黒点に向かって、せわしなく光線を放って火花を散らしている!
「おい、若造!どーなっとるッッ?!」
「大気圏ギリギリで小型機実体化!数、5機でス!」
「ちょ、長官?ちょ、ちょっと何が、起こって?」
アタフタしている基地司令官の横で、金髪の若い男はテキパキと答える。
彼がどこかと通信している様子はない、どうやって正確に状況を把握しているのか?
そんな不可解を塩川長官は気にする様子もなく、また慌てる様子もない。
落ちついて短い命令を与えただけだ。
「鷲羽隊長、さっさと撃ち落とせ」
『了解!』
女の声だった、確かに聞こえた。
辺りにはそれらしい女性の姿はない。
誰かが通信機を使った様子もない。
なのに、金髪の新卒防衛警官・ジン、自称『愛の伝道師』は空に向かって話しかけた。
「今の声?一体、どこ……ヒッ?」
不思議そうに周囲を見まわしていた基地司令官は、いきなり青い光に視界を塞がれて怯えた。
目の前に1センチのところに半透明な光るスクリーンが出現したのだ。
「えっ、何?コレ……???」
その1枚だけではに、出現したスクリーンは数十枚。
各々に空中戦の近接映像やレーダーがmん、意味不明な文字数字の羅列が表示されている。
この時は基地司令官たちにはわからなかったが、塩川長官の内ポケットの中で小さな端末がにぶい輝きを放っていた。
これは紙一重の向こう側科学者・狂咲 凶子謹製のスーパーアプリ『携帯指令室』!
どんな場所だろうと移動中だろうと、防衛警察本部の総合指令室と同等の仕事がこなせる優れモノ!
試作品で消費電力が半端ないので、稼働時間はたった5分間。
そうでなければ正式採用されたであろう最強の欠陥品だ。
「撃ち落としちゃエ、翼チャン!」
『ジン!俺様を『翼ちゃん』なんて馴れ馴れしく呼ぶんじゃねぇ!』
「んーん?冷たくしちゃヤだヨ、翼チャァン!」
『キサマ……後でコロスッ!』
「ハッハッハッ!よろしくネ―――ッ」
目を凝らすと、黒い大型の円盤機のまとわりつく赤い球体が3機が見えた。
赤い光線で執拗に攻撃を仕掛けているが、円盤機の表面に達する前に全て跳ね返されている。
「ん、3機……あとの2機はどこだ?」
「雲隠れ《ステルス》中みたいですネ」
「を差し引いても3機がかりの攻撃に耐えるとは、なかなか頑丈なシールド装備しとるな」
「そりゃ銀河連邦のお偉いさん乗ってるからでショ?」
「って!もぉー、何がどーなってるんですかぁ?!」
緊急事態であるにも関わらず、長官とジンは落ち着き払って真上を見上げている。
基地司令官だけが頭を抱えてうずくまってしまった。
後は定年退職してゆっくり第二の人生、だったはずの人生設計が風前の灯なのだから無理もない。
「おっ、鷲羽め。仕掛けたな?」
ポツリと塩川長官が呟く、すると前触れもなく赤い小型機のひとつが真っ赤な炎に包まれた。
すぐそばに銀色の小さな三角形が出現!
遠目には防衛警察標準の高速戦闘機だが、子細に見れば搭載火器や推進器の形状が通常と違う。
防衛警察最強の女戦士の隊長・鷲羽 翼の専用機体だ。
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「隠れ蓑の術、解除っと……隠れたままじゃ攻撃システムがダウンしちまうのが難点だな。はえーとこ凶子のヤツに改良してもらわにゃ」
狭い操縦席の中で愚痴るのは女の声。
防衛警察航空隊航空部隊『火翼』小隊長・鷲羽 翼。
養成学校卒業直後に長官によって抜擢された最年少トップエリートのひとり。
空戦での戦闘能力は地球最強と目される天才パイロットだ。
目の前には襲われる円盤型宇宙船、執拗な攻撃を続ける球体宇宙船残り2機。
撃墜した1機は爆散と同時に破片まで消滅している。
「ブッ壊すと証拠隠滅の仕掛けが作動かよ、ヤな奴らだねぇ!まあどーせ安物AI搭載の無人機だろうがな」
機首を下げて加速、一気に敵機に接近する!
新たな参戦者に敵も気づいたのだろう、2機とも目標への攻撃を中止して鷲羽機に突撃する。
AI同士がシンクロしているのだろう、コンマのズレもない連動した螺旋軌道で鷲羽機に迫る。
彼女の無茶苦茶な要求に応えるべく狂……もとい天才的科学者・狂咲 凶子の魔改造により誕生したモンスターマシンなのだ。
その実力たるや、戦闘空域到着から数秒でに1機撃墜!残る2機へ獰猛に襲撃する。
「ふん、相変わらずの無敵ぶりだな。問題は……」
「姿を見せない残り2機ですネー」
報告のあった敵の数は5機!
1機は既に撃墜されて今は2機と交戦中だが、これでは敵の数が合わない。
残り2機はどこに潜んでいるのか?
「隠れ蓑で姿を消してどこに潜んで何を狙ってんだか……」
「『何を』はともかく『どこで』はもうわかったみたいですヨ、翼ちゃんには」
既にかなり下降してきている要人専用宇宙船、戦艦並みに堅牢な防御シールド搭載らしいがユラユラと揺れている。
受けた攻撃で動力系にダメージを蓄積していたのだろう。
「墜落、いや緊急着陸は時間の問題かなー?ならばこいつら先に片付けとくか」
鷲羽隊長は真正面から迫る赤い球体2機に視線を戻し、ニィッと笑う。
不敵にうれし気に、そして残酷に笑う。
2機は真っ赤な光弾を乱射しながら、猛スピードで互いに絡み合うように、変幻自在の高速螺旋軌道で突進してくる。
並みのパイロットなら、いいや!ベテランであったとしても手を焼くことは間違いない、だが?
「おお、なかなかやるじゃねぇか?量産品にしては、だがよ」
鷲羽隊長にビビる気配はない、どころか躊躇いもなくエンジン全開加速した。
同時に鷲羽機はバランスを失ったように激しいきりもみ状態に!
激しい空中戦を地上で見上げていた連中は呆気にとられた。
「なんだぁ?」
「エンジントラブルか?」
「いいや、自分から加速してるぞ!」
基地司令官はじめ鷲羽機が自ら制御を放棄したようにしか見えなかった。
ただ二人を除いては。
「相変わらずだな、あのじゃじゃ馬娘は」
「ハハッ、翼ちゃんですからネ?」
塩川長官とジン、驚く様子も慌てる様子もなく、楽しそうな薄笑いすら浮かべている。
オロオロしながら見上げる基地要員と対照的に余裕で、塩川長官に至ってはくわえ煙草に火を……
「長官、ここ禁煙ですヨ?」
「わかっとるわい!」
こうして最高責任者による禁断の行為=喫煙は未然に阻止された。
などど地上でバカやってる間にも上空の両者、激突いや衝突寸前だ!
完全シンクロの二重螺旋軌道とドリルにのような錐揉み軌道が真正面から!
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「ホント、なかなかお上手だな?機械にしては、だがよ」
操縦席の鷲羽隊長の声にも緊張感も緊迫感もない。
まるでサイクリングでも楽しんでいるような気軽さで操縦桿を倒す。
たちまち機体はコントロールを失ったように、気違いじみた回転を始めた。
外の光景が地上へ、空へ、また地上へと1秒の間に何度も入れ替わる。
遠心分離器にかけられたような強烈なGが全身の血液を逆流させる。
過剰に流れ込む血液が視界を真っ赤に染めあげる。
常人ならあっという間に意識を失う危険な状態だが?
「へへへッ、たまんねーな?この感覚……」
常人とは感覚が違うのか?いや、もはや変態と呼ぶべきではないか?
いやいや彼女にとってはこちらが正常な世界なのだ。
その証拠に『現実世界』では複雑な高速二重螺旋軌道を描いていたはずの敵機は……
「こうなりゃタダの平行直線飛行だよな―――」
クレイジーな飛行は敵の攪乱飛行を相殺し、平凡な単純運動へ変換していた。
それでも過酷すぎる肉体的負担で引き金を引ける状態ではない!
少なくとも普通の人間ならば指一本動かせる環境ではなかった。
「じゃあ、あばよ。可愛らしいゼンマイ仕掛けちゃんたち」
左手で軽く投げキッスのゼスチャー、右手の指が引き金・操縦桿のレーザー砲発射スイッチにかかる。
放たれた破壊光線はたった二射、直後に両翼を掠めて赤い球体とすれ違う。
操縦桿を力任せに荒っぽく引き戻すと、機体の回転は瞬時に収まり三角翼機は通常飛行に戻る。
敵機は既に遥か後方、急旋回してこちらの背後を突こうと……弾けるような爆発ふたつ。
「さてと……残りは2機だっけか?」
『たいちょー!、だいじょーぶだったぁ―?』
『翼さん、敵は?』
通信機からの声に鷲羽隊長の声も思わずほころぶ。
一緒に滑走路を飛び立った部下6名のうちの二人だ。
「おー、お前らか?おっせぇーぞ!」
『馬鹿言わんでください!』
『あんなメチャクチャスピードでぇ、しなないのってぇ、たいちょーだけですぅ』
鷲羽隊長の目が地平線上の銀色の点ふたつを視認、直後に頭上スレスレを彼女と同型2機が通過する。
基本性能は鷲羽機と同じだが操縦技術の差、というより扱いの乱暴さのレベルが数十秒もの到着時間の差を生んだ。
彼女らも超一流のパイロットなのだが、鷲羽 翼はあらゆる意味で自分たちとは『違う存在』なのだ。
『たいちょー、だいじょーぶだったぁ?』
『敵はどこです?』
「俺様がかすり傷でも負うとおもってんのか?それから敵だがな……あそこだ」
機体の数倍サイズで広がる噴射炎と地上まで届くほどの爆音!
ベテランでも失神する急加速&急旋回&急降下!
そして向かった先は、照準した相手は……なんと要人の乗った宇宙船!
『ひええっ?』
『何やってんすか―――ッ?』
タタタタタッ!バヂバヂバヂッlチlチ!
輝きが衰えたシールドにパルス状レーザーがオレンジ色の火花を激しく散らす。
警護すべき対象を攻撃しているのだ、これには僚機だけでなく地上で観戦していた塩川長官たちも驚いた!
「わわわっ?」
「何だぁ、あいつ!」
「銀河連邦のお偉いさんの船を攻撃してるぞ?」
「問題だ、これは問題だぁ―――ッ」
確かに国際問題(星間問題?)だ、銀河連邦から派遣された使節団を攻撃したのだ。
このままだと惑星間戦争、悪くすれば地球どころか太陽系消滅の危機である。
激しい炎、レーザーとシールドのせめぎあいを睨みながら、塩川長官の顔は憤怒の相を成す、
「うぬぬ、何やってんだ?あのじゃじゃ馬、いや猪娘はッッ!」
「でも……狙いは正確デスヨ」
「何ィッ?オオッ、あれは!」
揺らめく炎のようなオレンジ色のエネルギーの沸騰の中に、浮かび上がる球体がふたつ。
シールドの表面に、なかばシールドに同化する形で敵の攻撃機が張り付いているのだ。
「あれが、敵の残り2機か?」
「大気圏突入時のドサクサにシールドに張り付いていたようですネ」
「今まで隠れてチャンスを狙っとったワケか」
「囮を撃退して安心してシールド解いた瞬間に、自爆まがいの攻撃仕掛けるつもりだったんでショ」
「鷲羽のヤツ気づいてたのか。しかし、どうして隠れている場所がわかったんだ?」
「……野生のカンってヤツじゃないですカ?」
「野生の……カンねぇ?」
そんな会話が続く地上のことなど知りもせず、上空では鷲羽隊長がやたらとヒートアップしていた。
「ハァ―――ハッハッハッ!チンケな仕掛けで俺様の目を欺けると思ってやがったか!」
『すっごーい、たいちょー!』
『どうやって見破ったんです、翼さん?』
「フッ、囮どもの攻撃パターン見てりゃ一部だけ当たんねーように撃ってるくらい丸わかりだぜッッ!」
『さっすが、たいちょー!』
『…………ホントは翼さんのカン、ですよね?』
地球上で最も獰猛な機械の鳥たちが、3方向から剥き出しとなった敵に迫る。
たまらぬと思ったか、1機はシールドから離れ不安定に揺れながら逃げ出した。
だが残った1機は?弱々しくなっていた赤い光が規則的で不可解な明滅を始めた。
それを見た鷲羽隊長の声に緊張が走った。
「ヤベェ、自爆する気だ!」
『じゃあ、さっさと墜とさなきゃ!』
「アホッ!爆発が早まるだけだろがッ!」
『エーッ、じゃあどーすんの?』
「ヘッ……こーすんだよ」
コクピットの脇の、一見何もない細長い金属板を指先でトンと叩く。
蓋が開くとズラリと並ぶスイッチの列、その一つをパチンと倒す。
キュィィィンと高くなっていく軌道音、同時に三角翼の片側が明るい虹色に輝く。
「フフフッ、わが流法は光……輝彩滑刀の流法ッッ!
『それって、きょーこちゃんがこないだつけてたヤツだよねー?』
『粒子加速ブレード……狂咲さんに土下座して頼んだ装備ですね?』
「……っるせェッ!おめぇーらはソイツ逃がすなよ!!」
ちょっと恥ずかしそうな声で怒鳴りつつ軌道を直線から曲線へ。
加速と遠心力と重ねて瞬時に自爆寸前の敵機に迫った。
そして瞬きする間もない一瞬を、衝突と見紛う間合いですれ違う。
衝撃はおろか何の感触もないし音もない。
空振りだったのか?否!
パン……球形攻撃機は円盤機から離れた。
滑らかな切断面を見せる、金属板一枚分の底部を残して。
切り離された部分は点滅を続けるながらシールドから剥離、強風にあおられて急速に離れていく。
そして、ドグワォンッッ!
空中に真っ赤な炎の薔薇が咲いた。
「やっぱ、爆弾積んでやがったな。で、お客さんはっと……」
視界の端で落下中、いや降下中の円盤機の状況を確認する。
爆風であおられて不安定に揺れているものの、見た目の破損個所はない。
「おしッ!あれくらいならなんとか着陸できるだろ。後は親玉だけだな」
上を見ると三角翼2機と赤い球体1機の鬼ごっこが見えた。
なんとか離脱しようとする球体機だが、それを許す鷲羽隊ではない。
1機が敵機の動きを先読みして進路を巧妙に塞ぎ、残る1機が頭の上から押さえにかかる。
反撃しようにも照準を合わせる前に側面から牽制する。
敵機は逃走も反撃も許されないまま徐々に高度を落としている。
「おい殺すなよ?とっ捕まえてと吐かせるんだからな」
『了解、翼さん』
『たいちょーってサディストぉ!』
「ヒヒヒッ、昼飯中に緊急出動させられた礼はタップリと……ん?なんだぁ?!」
異様な気配を背後から、現在降下中の円盤機から感じた。
レーダー、多目的センサーには危険な兆候なし。
カメラにも着陸態勢に移った円盤機が映っているだけだったのが。
「なんだぁ、ありゃ?」
★☆★☆★☆★☆★
円盤機の操縦席では、悪戦苦闘している人影があった。
2本の足で床に立って2本の腕で大航海時代の帆船の舵輪のような操縦桿を懸命に握っている。
人間型ではあるが地球人ではない、両肩から突き出した大きな翼と大きな嘴がそれを示している。
懸命の操縦にも関わらず制御盤の灯りは次々にブラックアウトしていく。
痛めつけられていたシールドに、直撃ではないものの至近距離での爆発!
好ましくない事態の連続に手動力が緊急停止、操縦系にも異常が出ていた。
舵輪を抑え込みながら鳥人パイロットは背後に緊張した、老いたしわがれ声をかける。
「申し訳ありません、バルバルゥス様。緊急着陸します、しっかりとおつかまり下さい!」
「いや、スワロウよ。その必要はない」
「はっ?」
老鳥人と同じく、年齢を感じさせる深い声だった。
背後から返ってきた返事にスワロウと呼ばれた老鳥人は振り向く。
船内の居住空間は仕切りをすべて取り払ってあった。
小型宇宙線が格納できるほどの空間をほとんど占領している巨大な塊があった。
電源がダウンして照明が消えているため、非常灯のみの薄闇の中では巨大な生物が身を丸めたような影しか判別できない。
その巨大な影がモゾモゾと動き、先ほどの声が再び響いた。
「久方ぶりに打って出るぞ」
「ええっ?ですが!今、あの方に知られるのは……」
「ギリギリまで気付かれずにいたかったがな。こうもあからさまな手段に出られては仕方あるまい」
「承知いたしました。では搬入口を開きますので」
「必要ない。お前たちも飛び出せ」
「はい!我らも行くぞ、スパロウ!」
「は……ハイ、父さん!」
戸惑い気味の小さな声、操縦室の隅にうずくまっていた小さな影が動き出す。
こちらも背中にやや小さめの翼、父と呼ぶからには老鳥人の子供であろうか。
すっくと立ってチョコチョコと駆け寄ってくる。
「ゆくぞ、備えよ!スワロウ、スパロウ!」
うずくまっていた巨大な影が上へと伸びた。
立ち上がったのだ、そして天井に触れ天井を押し上げ、天井を突き破る。
★☆★☆★☆★☆★
「なんだ、ありゃあッ?!何を乗せてきやがったんだッ!」
鷲羽隊長は驚き、操縦桿を握りしめた。
驚いたのは彼女だけではない、上空で敵機を押さえていた部下ふたりも、地上の長官たちもだ。
『なにアレ?なにアレ!』
『聞いてないですよ、隊長!』
「お、おい、アレって」
「銀河連邦の評議員が乗ってたんじゃないのか?」
「すぐ防衛警察に連絡を!」
「アホ、俺たちがその防衛警察だろがッッ!」
「ええい、静まれ!静まらんか、このアホども!」
塩川長官だけが驚きながらも平静を失ってはいなかった。
平静ではあったが、その顔には驚き以外の別の感情がありありと浮かび上がっていた。
その感情に気づいたのは、すぐそばにいたジンだけだった。
「ご存じなのですカ、アイツが何者なのかを?長官?」
「ああ……まさか奴が来るとはな。あのクズ野郎がッ!」
吐き捨てるような言葉と同時に長官が見せた感情は『怒り』。
それも尋常ではないほどの激しい怒りだ。
皆の視線が集中する先で、円盤機上半分の外装が内側から突き破られていた。
頑丈な装甲を瞬時に吹っ飛ばして、突き出したのは巨大な2枚の翼!
青白い、というには白さが勝った羽毛に覆われた両翼の羽ばたきが、強烈な上昇気流を弾き返して地上にまで届く烈風を作り出した。
★☆★☆★☆★☆★
「おーい、弾太郎。そろそろ昼飯の支度を」
「海人の旦那、坊ちゃんたちは今日は本土でお仕事でごぜぇやすが」
「お、そうだったな?忘れていたよ、ゲンさん」
緊急事態の続く防衛警察の地方基地からは遠く離れた海の向こう。
漁業だけが唯一産業の離れ小島、於母鹿毛島の神社の境内でで神主・真榊 海人とゲン爺はのんびりと将棋を指していた。
境内の真ん中に長椅子を持ち出し、木板に格子線を引いたお製の将棋盤に手書き文字の駒。
書いてある文字は「おうしょう」「ふ」「ひしや」「かく」すべて平仮名だ。
幼かった息子・弾太郎がまだ漢字を知らない頃に書いたからだ。
触れかけた駒から指先を離して、腰を浮かせる。
「そうだったな、じゃあ仕方ない。今日は簡単にラーメンで済ませて」
「その前に旦那。なんか言うことあるんじゃねぇですかい?」
神主姿の海人の顔が歪む、苦しい?いや悔しいのだろう。
子供のようにむくれた顔でプイと横を向く。
それを見るゲン爺の方は子供じみた意地悪な笑み。
「あーわかったよ!参りました、クソッ!」
「これであっしの9連勝、後がありゃぁせんねぇ?」
「フン!すぐに逆転して吠え面……ところで本土で何の仕事だ?ルキィちゃんも一緒か?」
「さぁ……何でも『避難訓練の手伝いだよ』とか言ってやしたが?」
「避難訓練?ルキィちゃん連れだすような仕事とは思えんが」
「それがお嬢ちゃんじゃないとできねぇと……どうしやした、旦那?」
海人の様子がおかしい。
将棋盤を片付けようと駒を手にした姿勢で固まっている。
『何かがおかしい?』という当惑の表情、それが緊張した顔から激怒の貌へと変わっていく。
普段の温和で優しい海人からかけ離れた、激しい憎悪が溢れだす。
付き合いの長いゲン爺でさえ身震いするほどの恐ろしい形相だ。
「あのクズ野郎がッ!何しに地球に来やがったァァァッ!」
「な、何がッ?おい、どうしたんだ、海人!」
ゲン爺も思わずニセ江戸っ子弁を忘れてしまうほどの驚きぶりだ。
だが当の海人は周りのことなど耳にも目にも入らぬ激怒の頂点にあった。
「性懲りもなく弾太郎にチョッカイ出すならッ!今度はこの宇宙から消し去ってやるぞッ!」
握りしめた手の中で木製の駒がピシッ、パキッと砕けていった。




